〜前回のあらすじ〜
 グレンとゼーレ、2人の間をライラは器用に渡っていた。どちらからも順調に愛されていて、何もかもが上手くいっている。

 

 6.

 また、舞踏会の日がやってきた。
 今回はシトラ6世の誕生日を祝うもので、規模も大きい。国中の主立った貴族が皆来ていた。城下では祭りが開かれており、王都は活気に満ちている。
 規模が大きい方が、ライラには有難かった。自分一人消えても、誰にも気づかれることはない。
 今日は、グレンと会う約束をしていた。足の怪我はもうとっくに治っていたし、近衛兵というよりは将軍の息子として出席が義務づけられている。
 ゼーレは、グレンとかち合うのはゴメンだ、ということで今日は見て見ぬふりをすると言っている。
 ライラはことにも念を入れて装いを整え、舞踏会にあらわれた。
 城の大広間が狭く見えるほど、人が多い。
 「ル・ライラ・アイルーイ様、お出まし!」
 見張りの兵の宣言する声に、皆が一瞬振り返る。ライラとしては皆に注目されるのは好きではない。さっさと父王のもとへ行った。
 一段高いところに座っている父王、シトラ6世に優雅に御辞儀をする。
 「お父様、お誕生日おめでとうございます」
 「ライラか、ありがとう。元気そうだな」
 「はい」
 距離が感じられる台詞だった。そういえば、父王とはここ2ヶ月ばかり会っていなかった気がする。
 「最近、よく舞踏会に出席しているようだな。よい貴族でもいるのか?」
 「いえ…」
 「ははははは、何にせよいいことだ。そなたも楽しむといい」
 「はい。では失礼致します」
 ライラは早々にその場を去った。父王の傍らにいたメグネット妃、リュウキース、エリザベラ、エルメンリーア、それから妾妃の息子たち…は見ようともしなかった。見たくなかった。
 いつものように目立たぬように舞踏会の中心を離れ、テラスに行こうとする。
 が、ライラがふと何気なく目をやった先に、グレンがいた。
 ─ まだ、テラスに行ってなかったのね。
 足を止める。今は初秋で、テラスは意外と冷えるのだ。もう少し待っていてもいいだろう。
 ライラは壁によりかかり、少し待つことにした。
 グレンは、父エイブと祖父ドーヴァとともにいた。今はまだ2人のおまけという感が強いが、それだけに、この先どうなるのかが楽しみでもあった。
 彼が将軍になってエルメンリーアを断り、私を手に入れる。それは考えただけでも楽しいことだった。ライラは我知らず笑顔になって3人を見ていた。
 やがて3人は、シトラ6世の方に行った。
 ─ まだ、挨拶もしていなかったのね。
 少しじれったく思いながら、ライラは手の中にある扇をもてあそんでいた。 ここからでは、会話は聞こえない。 舞踏会ではひざまずいて祝辞をのべる、などという堅苦しいことは要求されない。3人はシトラ6世に簡単に挨拶をしたあと、メグネット妃や彼女の子供たちと談笑している。
 それだけでもライラの笑顔を消すには十分だったが、更に悪いことが起こった。
 エルメンリーアがグレンに話しかけ、2人が笑って話をしている。
 ─ ライラは一瞬息を止め、そのままテラスに向かった。

 

 扇を叩きつけたりはしない。そんなことをすれば目立ってしまう。
 そのかわり、折れよとばかりにテラスの手すりに押しつけていた。
 負の感情が止められない。
 唇をきつく噛んで、泣くのをこらえる。
 「ライラ」
 振り返ると、ゼーレがいた。
 「…」
 彼女は何も言わずに、顔をそむける。彼はライラに近づき、その扇を持つ手に自分の手を重ねた。
 「どうした」
 「…」
 「なんてな。グレンだろ?ありゃ、エルメンリーア姫がなかなか解放してくれないぜ。お気に入りのお兄ちゃんってとこだけど」
 「…」
 我慢ができなかった。ライラは涙のたまった瞳でゼーレを見た。
 「グレンが、私を裏切ったの」
 「ライラ?」
 「私、悔しい。 エルメンリーアは確かに可愛いわ。正妃の子供だし、私なんかとは違う。 でも、私─ …」
 あとは言葉にならなかった。ゼーレはライラを抱きしめるしかなかった。
 ライラが、心にもないことを言っているということを見抜くだけの目は、まだなかったのである。
 仕方ない。
 ライラ自身も、嘘をつこうと思っているわけではないのだから。
 でも本当はグレンが自分を裏切ったのではないことも、エルメンリーアを自分より上だと思っていないことも、分かっていた。
 無意識のうちに自分をも騙せる嘘をつけるだけの魔性を、ライラは身につけていたのだ。
 「ライラ。だから、奴なんてやめとけって言っただろ。俺がいる。奴を殺してでも俺が将軍になって、ライラを貰うから」
 「…」
 「レンブランド!」
 ライラが何か言う前に、低い、怒りの声がした。
 「おやまあ」
 ゼーレはライラをぎゅっと抱いたまま、そちらを見る。
 「裏切り者の、グレン・ウッディくんか。無粋な真似はやめたマエ」
 「グレン…?」
 ライラは、ゼーレの腕の中でそちらを振り返った。 照明は広間からこぼれる光だけなのだが、はっきりと怒りがみてとれるグレンがいた。
 「ライラ王女はひどくお嘆きだ。貴様にもてあそばれ、裏切られたってさ」
 「何でそうなるんだ。ライラ、どういうことだ?」
 こういうとき、代弁は男の方がしてくれる。女は黙っている。
 「お前は黙ってても周りがエルメンリーア姫をくれて、将軍の地位も貰えるだろうからさ」
 「僕はそんなこと望んでないぞ。エルメンリーアに興味はないし、将軍の地位は、例えばレンブランド、お前とでもあらそって正々堂々と手に入れるものだ!」
 「へーえ。だってさ、ライラ」
 ライラは目に涙をためて、首を振った。
 「お前の、そういう阿呆みたいに単純なところって、俺、嫌いじゃないけどさ。やっぱりうっとおしいわ。現実的じゃないしな」
 「どうして!?」
 「考えてもみろ、お前の親父とじいさんをどうやって説得するんだ?メグネット妃は?お前が将軍になるとしたら3人の後押しはどうしたって必要だし、それにはエルメンリーア姫がついてくるさ。逆に言うと、それ無しではお前は将軍になれない。─ 例えば、俺がいるからさ」
 「僕はお前と、ちゃんと争って、将軍の地位を手に入れる!ライラもだ!」
 「話、通用しないね」
 ゼーレは呆れてかぶりを振った。
 「まあ、お前がそう思うならそれでいいさ。でもお前は今日、俺が来るまで何してた?ライラを待たせて、親子三代、メグネット妃やエルメンリーアと仲良くしてたんじゃないのか?その間、ライラは可哀相にこんなところで、日陰の身であることを痛感してたんじゃないのか?」
 「…」
 「そういうことです。お分かり?」
 グレンはうなだれて、何も言わなくなった。ライラは何か言おうとしたものの、上手く言葉が出なかった。
 そのまま、ゼーレがライラの肩を抱いてテラスを去った。あとにはグレンが一人、じっと考えこんでいた。