〜前回のあらすじ〜
 ライラは、もう一人手に入れた。ゼーレ・レンブランド。グレンのライバルである、中流貴族の男である。彼の打算は取るに足らない。ライラの魔性は増してゆくのだった。

 

 5.

 ライラは前にも増して安心していた。2人が両方とも私を愛している。どちらかが滅んでも、1人は残る。愛してくれるならば、どちらでもいいのだ。
 彼女の頭の中には、両方が自分を愛さなくなる、という事態は想定されていなかった。そんなことは考える必要がなかった。
 妙な確信があったのだ。
 グレンもゼーレも、私を裏切ることはない。

 

 グレンは舞踏会の翌日、ライラの部屋へ忍んできた。ライラがいつものように明かりを消すやいなや、彼女を固く抱きしめる。
 「ごめん、ライラ。昨日は心配かけた。本当に、ごめん」
 「大丈夫よ。あなたの方こそ、怪我はいいの?」
 「大したことはないんだ。ちょっとレンブランドと試合したときに不覚をとって」
 「レン…ブランド?」
 「あ、いつも言ってるだろ?僕が負けたくない奴。ゼーレ・レンブランド」
 「そう」
 ライラは多くを語らない。
 「正装したライラ、綺麗だったろうなあ…見たかったよ。残念だ。歯がゆくて仕方なかったよ。本当に、ごめんよ」
 「そんなにあやまらなくてもいいわ。仕方なかったのですもの」
 「…聞き分けがいいなあ」
 「嫌?」
 グレンの少し残念そうな感情を、ライラは逃さなかった。
 「…もうちょっと拗ねられたいっていうのは、ある」
 「子供みたいな人」
 少しライラが笑うと、グレンはむきになってライラを抱き寄せ、そのまま寝台に倒れこんだ。
 「…可笑しい?」
 「いいえ。嬉しいわ。私のことを愛してくれて。─ 会いたかったわ」
 「ライラ」
 グレンはライラの胸に顔をうずめた。ライラは、グレンには見えなかったが艶然と微笑んでいた。

 

 ゼーレと会うときは、部屋の外だった。近衛隊である彼が夜の見張りについたときなどに、人目を忍んでこっそりと会っていた。 今日は、ライラが住む館にある誰も使っていない部屋だった。
 「見張りを抜け出したりして、大丈夫なの?」
 「ん?まあね。俺は、誰かと違って要領がいいから」
 「誰かって?」
 「俺の競争相手」
 「競争しているの?」
 「してるね。でもまあ、俺がこうしてることを知らない分、奴の方が今のところ負けてるかな」
 「知ったら、どうなるかしら」
 「さあ」
 ゼーレは肩をすくめた。
 「あいつは一本気だからな。面倒なことになりそうだ。俺としてはごめんこうむりたいね」
 「私を、諦める?」
 ライラは、挑戦するようなことを言うとき、必ず相手の目をまっすぐに見る。自分にどれだけの魔性があるのか、意識しないでもいつの間にか知っていたのだ。
 「まさか。あいつはエルメンリーア姫と君との間で悩んでいればいい。その間にライラも、将軍の座もまんまと俺が貰うだけだ」
 「嬉しそうね」
 「俺、根本的に悪人なんだよ」
 「でもそういうところが好きよ」
 「ライラも悪女だからな」
 「そうかしら」
 「そうだね。俺は、君のそういうところが好きだね。油断してたらあっという間に醒められそうなところがさ」
 言って、笑いながらライラを抱きしめる。ライラはにっこりと笑った。
 「そうね。将軍になれないあなたに、用はないわ」
 「怖いなあ」
 「ねえ、でも…あなたはエルメンリーアを貰おうとは思わないの?」
 少し、声が遠慮がちになる。
 「ええ?やだな、俺、そんなこと疑われてるのか。いらないよ、子供だし。第一、メグネット腹だとウッディ家の連中がついてくる。うっとおしいね」
 「そう」
 それならばよかった。ライラは心地よく笑った。