〜前回のあらすじ〜
舞踏会でライラを挟んで向かい合ったグレンとゼーレ。だが、ゼーレの辛辣な言葉にグレンは言い返すことも出来ずにうなだれる。ライラはただ黙っていた。
7.
一週間ほどして。
重たい雨の降る日だった。
「寒くなって参りましたが、夜具はどうなさいますか?」
侍女がおそるおそる尋ねてきた。
ライラは窓の外を見つめたまま、振り返りもせずに、
「別に…」
とだけ答えた。
侍女は一礼し、明かりを消して、部屋を出て行った。
ライラ一人になる。
「嫌な雨…」
初秋の雨は、どこか寒い。時折、雷鳴も聞こえた。
ライラは窓の戸を閉め、寝台へ向かった。
そっと横になる。
舞踏会以来、グレンにもゼーレにも会っていなかった。
グレンは私を諦めたかしら。それとも、相変わらずゼーレと競うことにしているのかしら。
ゼーレはうんざりしているかしら。それとも、グレンが諦めて喜んでいるかしら。
私はまだ「二人から」愛されているのかしら。それとも「一人から」なのかしら。 ライラは、そんなことを考えながらうとうととしていた。
しかし、不意に静寂が破られる。
窓の戸を叩く音がしたのだ。
「雨…?」
ドン。ドン。
雨…の音ではない。
ライラは訝しげに思いながらそばにあったガウンを羽織り、窓の方に近づいていった。
叩く音はまだしている。
「…?」
開けてみた。
「…!!」
「ライラ…」
どさりと倒れ込んできたのは、びしょ濡れのグレンだった。
「グレン!」
「ライラ…これ…」
グレンは肩で息をしていた。ライラは支えきれずに膝を折り、グレンはちょうどライラの膝の上で彼女に抱きかかえられているような形になった。
彼が差し出したのは、短剣だった。
「…?どういうこと?」
「僕を、刺して。ライラ」
「えっ?」
そのとき、ライラの手がずるりと滑った。手をよく見てみると、血がべっとりとついていた。
グレンは、背に大きな傷を負っていたのだ。
「グレン…!?これは、どういうことなの?」
よく見ると、あちこちに傷を負っている。
「ライラは、僕のものなんだ…。ライラ、頼む…僕を、刺してくれ…」
「ゼーレね…?この傷は、ゼーレね…?」
ようやっとグレンはうなずいた。血は相変わらず止まらない。
今なら私でもとどめがさせる。ライラは何となく思っていた。
「はやく…僕は、殺されるとしたら、ライラに殺されたいんだ…」
「可哀相な人…」
口ではそう言いながら、何故かライラは涙ひとつこぼさなかった。
グレンから短剣を受け取って鞘から抜き、グレンの首筋に当てる。
「いいよ…そこで…」
ぐしゅっ、という鈍い音がした。血が大量に吹きだし、ライラの手や床を汚す。
「ライ…ラ…」
グレンは苦痛に顔を歪めながら、ライラを見た。
「これでいい…。君は、僕を殺したんだ…。一生、僕のことが忘れられなくなる。僕は、それで…」
「グレン」
ライラは短剣を落とし、血だらけの手でグレンの頬を撫でた。
「あなたが死んだら、ゼーレが喜ぶわよ」
「…喜べないよ」
グレンは、無理に笑ってみせた。
「勝ったのは、僕だから…」
「何ですって!?」
「ライラは、僕の…」
人形のように、グレンはくずれた。どこか笑っているような死に顔だった。
勝ったグレンが、これなのだ。
「ゼーレは…」
わなわなとライラは震えた。顔色は、紙のように白かった。
「グレン…」
もう息のないグレンに目を落とす。
「ばか…」
愛してくれる人が、誰もいなくなった。2人とも、もういないのだ。
「ばかよ、ばかだわ。何一つ、分かってないじゃないの…!!」
─ いい、ライラ。女はね、愛されなければ意味がないのよ。愛されて、大事にされて…。
呪詛のような、母の声。
「だけど」
─ 愛されて、愛されたまま、死ぬのよ。
「だけど、お母様…!!」
死んだのは愛されるべき自分ではなくて、愛してくれるはずの2人で…。
─ 私も。
震える手で、床に落ちていた短剣を拾った。
自分の胸に当てる。
…刺せない。 刺す気はある。あるけれども、手が震えて刺せないのだ。さっきグレンを刺したときには何も考えずに刺せたのに。
─ 怖い。
はっきりそう感じたときに初めて涙が出、手の中の短剣が力なく落ちた。
「いやあああああああ──────────────────────────────!!!!!!!!!!」
おそらく、生まれて初めて、ライラは絶叫した。長く長く、叫び続け…。
8.
その後。
あっという間だったような気がする。
衛兵が来てグレンの身元が分かり、その後ゼーレの遺体も確認された。
ライラは身柄を拘束され、父王の前で色々と問われたが、何一つ答えなかった。
それでも、ゼーレを殺したのは傷の具合と側に落ちていた剣でグレンだったということが分かり、グレンの傷もゼーレにつけられたものであることはほぼ明確な事実となった。
グレンの首筋の傷について、「お前が刺したのか」と問われたときだけ、ライラはうなずいたのだった。
近衛兵同士の私闘、ならびに殺害の責をとって、エイブ・ウッディ将軍は職を辞することとなる。表向きの理由はどうあれ、実際のところは自慢の息子を亡くしたこと、及びウッディ家が将軍職を事実上世襲しようという野望が断たれたことが、辞職の本当の理由だろう、というのが専らの噂だった。とにかく以後、将軍職はしばらく空席となる。
ライラは、一応罪人となった。罪状は「殺人」。
父王からは、
「王女が軽はずみに男性と関係を持つということ自体、一つの罪に値する」
とも言われ、彼女は城の北にある塔に幽閉されることになった。
北の塔は、寒い。
ましてやこれから、冬がやってくるのだ。
しかし、ライラにはそんなことはどうでもよかった。
あれ以来、一言も口をきいていなかった。
完全に一人の、この狭い部屋。
小さな明かりとりの窓から見える空を、ライラはぼんやりとながめていた。
何が駄目だったのだろう。
空は、どこまでも青く澄んでいた。
ライラはふと、エルメンリーアのことを思い出していた。
─ ああ。
ゆっくりと笑う。
─ できればあの子も、私のようになるとよいけれど。
─ 第三の王女 ル・ライラ・アイルーイ 〜Ruinous Lyra
〜 End ─
あとがき
今回は第三の王女、ライラでした。いやー、暗い話です。こんな暗い話書くの初めてでした。基本はハッピーエンドの神崎としては珍しい話だと思います。でも書くのは楽だったかな。
なんかね、弱い人間を書きたかったんです。もうちょっと言うと、現実を書きたかった。死のうって言ったってそんな簡単に死ねるわけじゃないし、どちらか選べって言われても、そう簡単に選べるわけじゃない。その狭間で揺れるって、実は誰にでもあることだと思うのです。そういうことを、なるべく素直に書きたかった。その結果が破滅。これも、多分誰しもに可能性があることだと思うんです。…というとちょっとかっこよすぎるかなあ。
ラストは迷いました。実はパターンが4種類くらいあったり。賛否両論あるとは思いますが、神崎はこれがベストだと思ったもので。御感想いただけると嬉しいです。
彼女の話は別の雛形があるんですけど、その話では既に幽閉されてました。さて、このお姫様、どうして幽閉されてるんだ?と考えたときに出来た話です。
BBSで、私の友人達が「ライラは神崎に似てる」という指摘をしていましたが…そ、そうなのかな。
そうそう、でもね、実は現在神崎愛用の香水が、「LYRA」といいます。韓国の免税店で買いました。初めて見たとき、「おお、『ライラ』だ!」と思って買ってしまったのですが、お会計の時に「ところでこれ、なんて読むんですかね?」と聞いたところ、あっさり「『リラ』です」と言われ、ちょっと悲しくなった思い出が…。
い、いいの。「ライラ」です。うん。
この話を書くときには、シャルロット・チャーチがバックでかかってました。お…音楽くらいは純粋でないと救われないような気がして。
しかし後で思ったんですが、これってエヴァにおいてカヲルくん死ぬところで第九がかかってるのと似たようなもんですかね??い、いや、そんなはずは…。
さて、残るは最難関「第四の王女」のみとなりました。唯一、父母両方からに心から愛されて、「何も望まないですんだ」王女。
─ って書くとなんか期待をあおるようでプレッシャーが…。
思いっきり不安なんですが、頑張るのでまた読んでいただければ幸いです。
ライラよりかは全然明るい話ですので。
2001.5.13 神崎 瑠珠 拝
s
|