〜前回のあらすじ〜
 
第二の王女は、ル・マリア・アイルーイ。
 15歳の彼女にいきなり縁談がやってきた。
 相手も、相手の国のこともはっきりしない。どうやら、10年程前に建った王国クスコに嫁ぐらしいのだが…。相手は一体、誰なのだ?

 

  2.  

  マリアとしては、このふってわいたような縁談は、嫌ではなかった。  
  とりあえず身の振り方は決まったのだし、クスコといえば前王朝、サゼスの史料が山ほどあるに違いない。歴史の勉強が大好きなマリアにとって、それは歓迎すべきことだった。
  それに、姫が外国に嫁ぐというのは人質のような場合が殆どだったが、王家に生まれた以上、がたがた騒ぐことでもないと思っている。
 この姫は、割と楽観的なのだった。
  勿論、嫁いでしまったら親兄弟にも当分、下手すれば一生会えないのも分かっている。
  それでも、一向に構わないのだった。

 

 マリアもアニエスも、何の異も唱えなかったので、話はシトラ6世と正妃メグネット、そして重臣たちの間で着々と進められていった。
  当事者であるはずのマリアが事の次第を知ったのは、大分あとのこととなる。

 

 マリアがクスコに向けて旅立つ日、城では盛大な儀式が行われた。
 二番目の姫とはいえ、今上シトラ6世の姫君が初めて他国に嫁ぐのである。マリアが見たこともないような人まで挨拶に来ていた。
 飾り立てられてシトラ6世の横にいたマリアとしては、やはり嬉しかった。
 ─ 私のために、こんなに人が集まるものなのね。
 母、アニエスも今日ばかりは晴れがましくシトラ6世の横に座っていた。但し、座は一段低かったが。そして、正妃メグネットは欠席していた。
 兄弟達は、アニエスの更に下に並んでいる。マリアと同腹の兄弟はいないのだが、見納めかと思うとやはりなつかしくはあった。
 思えば、父王がこんなに近くにいるのも滅多にないことだった。嫁いで行ってしまうというのに、個人的な話は何一つしなかったが、マリアは別に悲しいとも思わなかった。父王には何も期待はしていないのである。母とはそれなりに昨夜、別れを惜しんだのだが。
 母とはもう、多分間違いなく今生の別れである。
 ─ お母様は、これから私なしで大丈夫なのかしら。
 少しだけ心配になる。母が自分を頼りにしていることも、父の寵愛が薄いことも、マリアは分かっていた。
 昨夜は不安な様子も見せずに、湿っぽい涙もなく過ごせたのだが…。
 今更不安になっても仕方がないことなので、マリアはそこで考えるのをやめることにした。まあ、なんとかなるでしょう。

 

 
 国中の重臣の挨拶、及び祝い品の献上が終わると、いよいよクスコからの使者が進み出た。
 典雅なアイルーイの格好に比べると随分と実用的な─ どちらかというと、軍服に近いような格好である。前王朝サゼスの面影はあまりない。
 「クスコ王メルメ1世様からの御使者でございます」
 大臣が恭しくつげ、王はゆっくりとうなずいた。 使者は一歩前に進み出て、口上を述べ始めた。マリアは何だかのんびりと聞いていた。と言うよりかは、内容は頭に入っていなかった。正直、人の話を聞くのに少々飽きていたのだ。こんな晴れやかな場所に出たこともあまりない。
 「…メルメ1世におかれましては、貴国の王女をいただける由、たいそう喜ばしいことと考えられております。これを機に貴国との友好関係を末長く…」
 ふむふむ…?
 たまたま耳に引っ掛かってきた使者の口上で、マリアははっと気がついた。
 メルメ1世が?貴国の王女をいただける由?
 ─ まさか。え、でも王子様がいるはず…じゃなかったの…?侍女が言ってたわよねえ?ああ、でもよく考えたら侍女がクスコの情報なんて知ってるはずないんだわ。これはまさかというやつでは…。しかし、私はまだ15だわ。どう考えても…。
 そこまで考えて、マリアは1つの記憶にたどりついた。
 すなわち、彼女が今まで学んだ歴史には、王と王妃の年の差というものがあまり考慮されたとは思えない場合も多いということである。
 あとで知ったのだが、マリアとメルメ1世の年の差は、実に25歳であった。

 

 3.  

 マリアはそれから2ヶ月の行程を経て、クスコの王都セステアにたどり着いた。
 第一の印象としては、「蒸し暑い」であった。 アイルーイを発ったのは3月だったが、今は6月の頭である。夏に入り始めているせいもあるだろうが、アイルーイはどちらかといえば夏でもからっとしているのだった。
 しかし、生まれて初めての船旅、しかも長旅であったせいで、地上に降りられるというだけで嬉しくもあった。本当は船旅でなくてもよかったのだが、陸路ではアイルーイ山脈を越えなければならないのと、セステアもアイルーイの王都ルイドグエロックも海沿いにあるので、という理由で船旅となった。海賊の心配がなくもなかったが、アイルーイ、クスコの両方で護衛していたせいか、手は出されずに済んだ。
 「マリア様、こちらにお召し替え下さいませ」
 新しい侍女が、ドレスを持ってやってきた。
 一週間ほど前から、侍女が入れ替わっている。アイルーイからの侍女は最小限だけ残してあとは返し、セステアから途中まで迎えにやってきたクスコの侍女を使うことになったのだ。
 本当はクスコにつくまでアイルーイの侍女を使う予定だったのだが、メルメ1世が早めに慣れておいたほうがよいだろうと寄越してくれたらしい(と、マリアは聞いた)。まあ、これからはクスコで暮らすことになるのだからそれも悪いことではない。最初は野暮ったいと思うことも多かったが、大分慣れてきた。
 さておき、マリアは持ってこられたドレスに着替えてみて驚いた。
 純白のドレスなのだが、随分簡素なのである。
 「何か、淋しくなくて?」
 「そうですか?」
 マリアより少し年上くらいの侍女は、首をかしげた。
 「昔より実用性を重んじるようになったのですよ、この国は。でも、マリア様がお召しになるとどうしてか華やかですねえ…」
 もっと年上の、サゼス王朝時代を知っている侍女頭がとりなし、マリアに見とれた。
 確かにその簡素なドレスは、かえってマリアの派手な顔立ちをよく引き立てた。
 「ふうん…」
 マリアはあらためて鏡を見て、少し笑った。何だかな、という笑いだった。