〜前回のあらすじ〜
マリアはとうとう隣国クスコに嫁ぐことになった。
クスコの簡素なドレスに身を包んだ華やかなマリアが、今王都セステアに着き、まさに甲板に出ようとしている。
そして船が止まり、マリアは甲板に出た。
出た途端、息をのむ。 港は、群衆であふれかえっていた。
一斉に太鼓やラッパが鳴り響く。
「マリア様!」
「ル・マリア・アイルーイ様!」
群衆が自分を歓迎しているのだということに気づくのに、少し時間がかかった。
それから、とびきり嬉しくなる。 マリアは群衆に向かって、大きく手を振ってみせた。歓声がひときわ大きくなる。
陽の光に、マリアの豪奢な髪と白いドレスがよく映えた。
そして群衆の中から、一人の軍服姿の男性が『浮遊』の呪文であがってくる。 続いて、おつきの人々も『浮遊』であがってきた。
「さすが、傭兵の国だけあるわ」
マリアは呟いていた。高度な魔術である『浮遊』をこんなにやすやすといろんな人が使うとは、驚きというほかない。
「マリア様、メルメ1世陛下でございます」
侍女が耳打ちした。マリアはうなずき、歩み寄る。
一瞬迷ったが、優雅にアイルーイ式のおじぎをした。クスコの作法を知らなかったのだからまあ仕方がない。
「ようこそ、ル・マリア・アイルーイ姫。やあ、まことに美しい」
メルメ1世は豪快に笑い、マリアの手をとって口づけた。
少し白髪が混じっていて、顔にいくらかしわが刻まれてはいるが、がっちりした体つきや、きびきびした動作のせいで老けは感じられない。さすが、傭兵あがりの王というべきだった。
マリアは少し安心した。覚悟はしていたものの、おじいさまのような人が夫になるのでは気も重くなろうというものだ。クスコからの侍女たちにどんな人か聞いてみようとは思ったのだが、時間があまりなかったせいもあって、結局聞けずじまいだったのだ。
「初めまして、メルメ1世陛下」
マリアがにっこりと笑うと、メルメ1世以下、おつきの人たちが自分に見とれるのが分かった。
「さあセルジオ、姫に挨拶を」
メルメ1世がうながすと、おつきの人たちの中から一人の少年が進み出た。
銀髪に蒼い瞳の、なかなかにきりりとした美少年である。彼もまた軍服を着ていた。
「息子のセルジオです、姫」
─ は? マリアは驚いた。ちょっと待って下さいな、どういうこと!?王子様、いるじゃない。なのにどうして!?で、でもこの王子様私より大分年下…ぽいし…。私はひょっとして妾なんですの!?─
い、いえ、卑しくもアイルーイの姫がクスコの妾には…あぁぁでも私、妾腹だしーっ!!
それでもさすがに動揺は見せずにぎこちなく笑うと、セルジオの方が進み出て、マリアの手をとった。
「初めまして、マリア姫」
「は、初めまして、セルジオ王子様」
15歳にして、こんなに年の近そうな息子が出来てしまったわ…とほほ。
「皆!聞いてくれ!」
メルメ1世が、港の群衆に向かって大音声で呼びかけた。
水をうったように静かになる。
「隣国アイルーイから我らがクスコに、かくも美しい花嫁がやってきた!これが何を意味するか、分かってもらえるだろうか!? 我々は、認められたのだ!サゼスの続きではなく、クスコという、新しい、一つの国として認められたのだ!
クスコが建ってから、長くも短い10年が経った。まだまだこれからだ。そして、これからのクスコは皆と、ここにいるセルジオ、そしてマリア姫にかかっているのだ!
今日は、新しいクスコの始まりなのだ!!!」
メルメ1世の言葉に、群衆は沸き立った。「メルメ1世万歳!」「セルジオ王子、万歳!」「マリア姫、万歳!」
マリアは圧倒されながらも、とりあえず笑顔に努めた。どうして妾と王子に国の未来を託すのかしら、この王は。
「さ、セルジオ」
メルメ1世にうながされ、セルジオ王子が進み出た。
「皆、今日はありがとう!僕はまだ未熟者だけど、父や姫と一緒に頑張って行こうと思う!クスコは今までもこれからも、自由の国だ!」
「セルジオ王子万歳!」の声が一層高まる中、マリアはようやっと合点がいき、念のため隣の侍女に小声で尋ねた。
「ねえ、私の夫は、やっぱりセルジオ王子の方なのね?」
「…!?御存知なかったのですか?」
「ええ。でもま、いいわ。ところで王子はおいくつ?」
「御年11歳であらせられます」
─ うん、まあいいか。
それが、マリアの正直な感想だった。相手が25歳上だろうが、4歳下だろうが大したことではないような気がしたのだ。とにかく、この国に来てしまったのだし。
自分の勘違いのもととなった使者の口上も、やっと納得がいく。
「メルメ1世におかれましては、貴国の王女をいただける由…」
─ そういえば、「誰に」いただけるとは一言も言ってなかったわね。
あとは単純に自分がぼーっとしていて気がつかなかっただけなのだ。マリアは自分の思い込みに半分あきれながらも、可笑しくて仕方がなかった。
その時、
「姫。あなたも何か一言、下さらぬか?」
メルメ1世が振り向いて言った。
「え?で、でも…」
マリアはさすがに戸惑った。アイルーイでは、姫君が民衆に向かって呼びかけるなど、絶対にない。王でも、まれである。
「クスコでは、はしたないことではありませんぞ。声に自信がおありにならないなら、『号令』をおかけしますが」
『号令』とは、声を遠くに届ける魔術である。戦場で使われることが多かったため、この名がついた。
「いいえ」
マリアはかぶりを振った。何だかとても自分が可笑しかったし、機嫌がよかったのだ。魔術なんか使われてたまるもんですか。
つと、前に進み出た。甲板の縁ぎりぎりに立って、手すりから身を乗り出し気味にする。風がマリアの髪をさあっとなぶった。陽が味方をし、華やかにマリアを演出する。
「ごきげんよう、クスコの皆様!私を迎えて下さって、ありがとう!これから末長く、よろしくお願いいたしますわ!」
民衆は、割れんばかりの拍手と歓声で、マリアを迎えた。マリアは生まれて初めてといってもいいくらい、幸せだった。

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