第二の王女
ル・マリア・アイルーイ
~ The Second Best~
第二の王女は、その名をル・マリア・アイルーイという。
彼女はシトラ6世と妾妃アニエスとの間に生まれた。二番目の姫である。
マリアは可愛くはあったし、頭も悪くなかった。おそらく、一般家庭に生まれていれば家族中の愛情を一身に受けられただろう。
だが、とりあえずは姉が彼女の人生を狂わせた。のちにMiss Moonlightと讚えられた姉、ル・エリザベラ・アイルーイはその美と知性、そして世間的な扱われ方の重さも、マリアの追随を許さなかったのである。
かくしてマリアは「二番目の王女」として扱われることになる。
─ The Second Best ─
1.
王宮の一室で、妾妃のアニエスは途方に暮れていた。
王の考えることはよく分からない。
果たして、これをどう姫に話したらよいのだろう。
問題は、王が珍しく彼女の部屋を訪れたと思ったら、いきなり発した言葉だった。
「アニエス。マリアを嫁にやる。クスコだ」
アニエスが「えっ」とも「はい」とも言わぬ間に、多忙の王は部屋を出ていってしまったのである。
彼女は、何度目かの溜息をついた。
「アニエス様…」
侍女が遠慮がちに気づかってくれる。
「…」
アニエスはしばらく迷ったあと、口を開いた。
「…わたくしがこうだからいけないのかしら。そうね、あの子に任せたほうがいいのかもしれないわ。なんていったって、お嫁に行くのはあの子なのよ。ええ、そうだわ」
「アニエス様」
「すぐ、マリアを呼んで」
マリアは、すぐにやってきた。 金髪に近い栗色の髪が、豪奢に背に流れている。大きな蒼い瞳は、何となく猫のような印象を与える。生気にあふれている姫だった。
「お母様、なんですの?」
「ああ、マリア」
アニエスはほっとした顔をみせた。おかしな話だが、彼女にとっては娘が一番「落ち着ける人」なのである。親も存命中なのに。
マリアはこの時、まだ15歳だった。
「なあに、早くお話して。私、歴史のお勉強を抜けてきてよ?」
「マリア、せかさないで」
この母娘は、テンポがまるで違うのである。
一呼吸おいてから、アニエスは話し出した。
「あなた、お嫁に行くらしいわ」
「─ は?」
さすがのマリアも唖然とした。が、アニエスが「だからね」と続けようとすると、
「どういうことですの?どこへ?どなたのところへ?お姉さまはどうなさったの?いつですの?どうしてですの?― あら?ちょっとお母様、どうなさったの?」
「ちょ…ちょっと…マリア…」
アニエスは息も絶え絶えに、侍女が差し出したグラスの水を一口飲んだ。あらかじめ用意されていたのである。侍女も心得たものだった。
「で、お母様」
「─ はい」
「まず、私はどこに行くのですか?」
「クスコ…と王はおっしゃいました」
「クスコですって?」
クスコ。とは、アイルーイの西にある国である。険しいアイルーイ山脈を挟んでいるせいもあって、国交はあまりないといってもよい。第一、クスコはまだ建国から10年あまりを経ただけの、若い国である。もとにあった、サゼスという古い古い王家を倒し、傭兵が建てた国だった。
未だ王は初代のメルメ1世である。
「メルメ1世は、もう50近くではなくて?」
「そうかしらねえ…」
「お母様!」
「王子様がいらっしゃいますよ、お姫様。多分…」
侍女が助け船を出した。しかし、くわしいことは誰も知らない。そもそも、興味がないのだ。
「そうかしら…。でも、どうして私なの?エリザベラお姉様ではないの?」
エリザベラはこのとき、17歳。縁談も絶えなかった。
「さあ…」
「お母様!!」
「マ、マリア、怒らないでちょうだい。本当に王からは…あなたをクスコに嫁がせることに決めたとしかお聞きしなかったのよ」
「…」
「王に…訊いてちょうだい」
「─ 」
マリアはしばらく考えた。
「まあ、いいです。クスコでも何でも。お母様、私はよくてよ」
「…あなた、それでいいの?」
「嫌だって言ったって、決まっているんでしょうし。エリザベラお姉様を行かせるほどのお話でもないんでしょう。クスコは新しい国だし、前の王朝のサゼスの資料も残っているはずです。歴史のお勉強に丁度いいですわ。降嫁でもないのですし、私にはいい条件なのかもしれなくてよ?」
「そうなの?」
「考えても仕方ないですわ。じゃ、お母様、私はお勉強の途中でしたので、失礼いたしますわね」
…マリアが部屋を出ていき、アニエスは溜息をついた。
「どうしてあんなにあっさりしているのかしら。嫌ではないのかしら?」
「マリア様は、思いきりのよい方ですから。歴史もお好きなのですし、丁度よろしいのでは?」
「でも、相手のこともよく分からないのよ?それに、あの子の言う通りエリザベラ様にお話がいかないのはおかしいわ。どうしてなのかしら」
「陛下にお訊きしてみればよろしいのでは?」
「…そうねえ…」
あまり気乗りのしないように、アニエスは答えた。

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