〜前回のあらすじ〜
カルヴァンと抱き合い、自分の中の「淋しさ」を初めて指摘されたエリザベラ。
彼女の心が、開いてゆく。 

 

  「私は」
 エリザベラが話しだした。長椅子に座り、カルヴァンに頭を撫でてもらいながら。
 カルヴァンが、エリザベラのことを初めから話してと言ってから、しばらくたってからだった。
  「王妃のお母様と、王であるお父様との間に生まれたわ。私の前にいた子供はリュウキースお兄様一人で、初めての女の子だったから、それなりに喜んでくれたらしいわ。
  でも私は子供らしくない子で…小さい頃から今のようだったから、皆、どこかひいた感じで私を扱っていた。私は、平気だった。一人でいる方が好きだった。
  そのあと、妾妃のアニエスに妹のマリアが生まれた。華やかな可愛い子だけれど、生母に対するお父様の気持ちがあまりないのもあって、なみひととおりにしか扱われていないようだったわ。
  それから何人か王子は生まれたけれども王女は一人も生まれなくて…お父様はリュウキースお兄様にとても期待をかけていらしたし、お兄様も出来たお方だから、他の王子達の扱いは低いものだったわ。私も、殆ど会ったことない。
  私は、可愛がられていたと思うわ。多分、この顔のせいで」
  カルヴァンは、頭を撫でていたのと反対の手でエリザベラの顔を自分に向けた。
  本当に美しい。
  非の打ちどころのない美しさというのは、このようなものなのだろうとカルヴァンは思った。
  「臣下でも、私を誉めないものはいなかった。
  でも私が五歳の時、ライラが生まれた」
  「ライラ?ル・ライラ・アイルーイ?誰の子だっけ?」
  「そう。血筋はかなり劣るわ…侍女の子だから。でもお父様はその侍女に夢中だった。5歳の時だけれど、ちゃんと憶えてる。生まれてきたライラにも、お父様は夢中だった」
  「ライラ姫には会ったことがないな…。どんな子なんだい?」
  「綺麗…というのかしら。不思議な魅力を持った子よ。あまりお喋りではないけど、それだけに言葉が選ばれているの。誰をもひきつけてやまないわ」
  「― 俺が思うに、ライラと君は似てるんじゃないの?」
  「そんなこと考えたこともないわ」
  エリザベラは大きな目を見開いた。本当にそんなこと考えたこともなかった。
  「ごめんよ。まぁそれはいいとしてだ…それから?」
  「そんな状態が3年続いたわ。お父様は侍女とライラに夢中だった。私やリュウキースお兄様のことは可愛がってくださったけれど、お母様のところには毎週月曜の夜…つまり、王家のしきたりで決められている正妃として最低限確保された時間しか会いには来なかったの」
  「その話は少し…聞いたことがある。親父がクサってた。メグネット妃は親父の従姉妹だからな。うちにも何かとあるもんで…そうか、それはその時の話なのか」
  「お母様は、私に向かって泣いたわ。エリザベラ、救けてって。ひどく混乱していらしたから憶えていらっしゃらないと思うけれど」
  5歳か6歳の子供心にも刻まれた記憶。
  ― エリザベラ、救けて、救けて。あの人は姫でないとだめなの。救けて。あの忌まわしい女と娘から、私の王を返して ― !!
  カルヴァンはエリザベラを少し強く抱き寄せた。可哀想に。途方に暮れた小さなエリザベラが分かるような気がした。
  「そして…私が8歳の時に、エルメンリーアが生まれたの」
  「天使だね」
  「知ってるの?」
  「ん…噂はね。シトラ6世とメグネット妃御秘蔵の姫君、愛らしきル・エルメンリーア・アイルーイ」
  「その通りの子よ。可愛くて、明るくて…。生まれたばかりのエルメンリーアをお母様が抱いていらっしゃるところを憶えているわ。お母様は安心と誇りを一気に取り戻した顔をなさっていた。エリザベラ、いらっしゃい。この子なら大丈夫だわ、と仰有ったわ」
  つまり、この子なら大丈夫、勝てるわ、ということか…。カルヴァンは納得した。
  「エルメンリーアは大人が子供に望む全てを持っている子だわ。私も、可愛いと思う」
  「妬んだりはしなかったの?」
  「何故?」
  エリザベラの美しい目がカルヴァンに向けられる。
  ― カルヴァンは小さく首を振り、もとのようにエリザベラの肩を抱いて、それから頭を撫でた。
  「…妬みはしないけれど…エルメンリーアといると、たまに疲れるわ」
  また少し、時間が経ってからだった。
  「疲れる?」
  「…何故かしらね」
  「どんなときに疲れるの?」
  「あの子の話を聞くとき…とか」
  ふむ…とカルヴァンは少し考えこんだ。エリザベラはその間、何も考えずに休んでいた。安んでいた、と言った方が正しいかもしれない。
  「エルメンリーア姫は、大人が子供に望む全てを持っている子だと言ったね」
  「ええ」
  「言うことをよくきいて、素直で、少しおしゃまさんだったりする?」
  「よく分かるのね」
  「ははぁ…じゃああれだ。エリザベラは大人の目でエルメンリーア姫を見てないんだよ」
  「私も、子供なの?」
  「そうかもしれないな」
  「でも、他の大人がエルメンリーアを可愛いというのは分かるわ」
  「そりゃあ、エリザベラはお姉さんだからだろう」
  「…どういうこと?」
  「うーん…」
  カルヴァンはまた少し考えこんだ。エリザベラもまた安む。
  「…違ってたらごめん。俺が思うに、エリザベラは大人としてはエルメンリーアを可愛いと思う。でも、エリザベラのどこかは8歳のときのエリザベラのままなんだ。そのエリザベラとしては、エルメンリーアのような『いい子』は不思議で仕方ない。どうやったらそんな風に大人たちに可愛がられるのか。君の中には多分、そういうコンプレックスがある。実の妹だから、なおさらに。
  Miss MoonlightはLittle Sunlight― エルメンリーアに愛とコンプレックスを同時に抱いている。だから、その二つの感情の折り合いがつかなくなったときに疲れたと思う…んじゃないのかな」
  エリザベラはぼんやりと8歳の時の記憶をたぐっていた。
  母妃の腕に抱かれてすやすやと眠っていたエルメンリーア。
  あのとき私は、あの子を可愛いと思ったのだろうか、憎いと思ったのだろうか。
  今は。
  「…不思議な人ね」
  不意にエリザベラはそう言って笑った。
  「どうして?」
  「私でもないのに、私の心が分かるように話すから」
  「詩人だからねえ」
  「詩人とは、そういうものなの?」
  「そうじゃないと商売にならない。いろんなものを見て、聞いて、考えて。人の気持ちを素直に言葉にしたのが詩だと思うからね、俺はね」
  「だとしたら、私は一生詩人にはなれないわ」
  「いいんだよ」
  カルヴァンはいきなりエリザベラの額にキスをした。
  「そうなの?」
  「うん。俺がエリザベラの心を一生懸命見て、詩を作るからさ。エリザベラはエリザベラで、自分のことだけ考えてりゃいい。 ― 君は、Miss Moonlightだから」
  「― よく分からないわ」
  エリザベラはそう言いながらも何だか笑ってカルヴァンのそばにいた。生まれて初めてというくらいの楽な、落ち着いた、静かな気持ちで。