〜前回のあらすじ〜
エリザベラはカルヴァンに自分の過去、エルメンリーアへの思いを話す。彼に、自分の思いを解き明かして貰ったことで、彼女は生まれて初めてといっていいほど、安らかな落ち着いた気分になれたのだった。

 

 6.

  「お姉さま、エリザベラお姉さま!」
  不意に扉が開いて、先程カルヴァンにLittle Sunlightと称されたエルメンリーアが入ってきた。
  カルヴァンを見てびっくりする。しかも大好きなお姉さまの肩を抱いているのだ。
  「お姉さま…?」
  「お、この子がル・エルメンリーア・アイルーイか。確かにかっわいいな…」
  カルヴァンはエリザベラの肩から手を離し、エルメンリーアに笑いかけた。
  「なあに、エルメンリーア。騒々しいわ。戸も閉めて」
  「はい…ごめんなさい、お姉さま」
  エルメンリーアはしゅんとしてていねいにドアを閉め、あらためて2人の近くに来た。
  「この方、どなた?」
  「お初にお目にかかります。エルメンリーア王女。わたくし、おヒゲのウッディ将軍の息子で、カルヴァンと申します。ここにいることはどうぞご内密に」
  「ウッディのおじちゃまの?」
  エルメンリーアは安心する。ウッディのおじちゃまとは顔なじみだ。
  「でも、ウッディのおじちゃまより髪がぼさぼさ」
  「そうね、エルメンリーア。おまけに汚いわよね」
  「…君ら、姉妹だね。本当…」
  エルメンリーアはエリザベラの隣にちょこんと座った。
  「どうしたの、エルメンリーア」
  「あ、そうだ」
  ここに来た目的をすっかり忘れていた。
  「あのね、お姉さまがこの間絵を描かせてくださったでしょう?」
  「絵?エリザベラの絵?」
  よこからカルヴァンが口を挟んだ。エルメンリーアはうん、とうなずいてから、
  「あれをね、ギルモンド先生に見せたら、褒めて下さったの!本当のお姉さまはもっとおきれいだけど、わたしにしてはよく描けてるって!もう嬉しくて、はやくお姉さまに知らせたくて、走ってきましたの!」
  アクション付きでそこまで言い、エリザベラに思いきり抱きついた。
  「ありがとう、お姉さま!お姉さま大好き!!」
  エリザベラは少し笑った。横からカルヴァンが面白そうに、
  「エルメンリーア王女。エリザベラお姉さまの、どこが好きなんだい?」
  「全部!」
  「…あら、このあいだ言ったのと違っていてよ」
  「わたし、考えたんですもの、お姉さま」
  エルメンリーアはエリザベラに抱きついたまま、真面目な顔をした。
  「きれいでやさしいところだけじゃなくて、わたしの相手をしてくださるところとか、頭がよいところや、他にも色々好きなんですもの。エリザベラお姉さまだから、好きなんですもの!」
  エルメンリーアの言葉には、嘘や世辞は本当になかった。エリザベラにもカルヴァンにもそれは分かった。
  「ありがとう、エルメンリーア」
  エリザベラは微笑んだ。Miss Moonlightの微笑みは闇夜を照らす月明かりのように美しく、そして優しかった。

 

  7.

  「エリザベラ。俺は、旅に出るから」
  その後数回エリザベラの部屋を訪れた後、カルヴァンが言った。
  いつものようにカルヴァンの肩にもたれて安んでいたエリザベラは少し驚いたが、何も言わなかった。
  「― 何も聞かないの?」
  「何故?」
  「俺がいなくなったら、エリザベラは淋しいと思うんだけど」
  「そうね。少しは淋しいかしら」
  「― エリザベラの、そういう一筋縄じゃいかないところ好きだけどさ、もう少し何かないの?」
  「人が、私のもとから去っていくのには、慣れているわ」
  「エリザベラ!」
  カルヴァンはエリザベラの顔を手で挟んで自分の方に向けさせた。
  「慣れてるわけないだろ。傷ついたくせに。 大丈夫だよ、どっかで野垂れ死にしなきゃ、帰ってくるから」
  それから、そっとキスをする。
  「俺は、君から遠く離れたところで、君を想う詩とやらを書いてみたいんだよ。遠いところからエリザベラを想ってみたい。そして、遠くの人々にもエリザベラのことを伝えたいんだ」
  「アイルーイを出るのね」
  「多分ね」
  「私のそばにいるのは嫌なのかしら?」
  「嫌じゃないよ。でも俺は詩人だからね。色んなものを見たいんだよ。そして、色んな風にエリザベラを想いたい。 言ったでしょう、百、聞いたことより一つ見たことの方が真実の場合もあるって。 俺は、沢山の真実を見たいんだ。それでね、俺は間違いなくエリザベラに会いたいと思うようになる。会いたくて会いたくて仕方なくなると思う。でも、その時に敢えて『風運び』の術なんか使わずに、その時の自分の気持ちを見たいんだ。そして、詩を書くんだよ」
  エリザベラは笑った。こういう時には泣くのが普通なのだろうが、何故か涙は出てこなかった。
  「いいわね」
  止めても無駄なことを、分かっていたのだろうか。
  カルヴァンも笑った。
  「まあね」
  それから二人は、またキスをした。それで、他に言いたいことは全て伝わったような気がした。
  こういう真実もあるのだとエリザベラは知った。
  「さて。じゃ、行ってきます。Miss Moonlight」
  「行ってらっしゃい」
  カルヴァンはまた笑って立ち上がり、『風運び』の呪文を低く唱えて宙に溶けた。
  残ったエリザベラは立ち上がり、バルコニーに向かう。
  外には夕陽が広がっていた。
  エリザベラは微笑んだ。もうカルヴァンが傍にいるわけでもないのに、心はとても静かだった。
  そのまま日が落ちるまで彼女はそこにたたずんでいた。やっと自分の中に見つけた真実を、味わっていたのだった。

輝く月の姫を見た
右手(めて)に闇を受け流し
左手(ゆんで)に星を従える
天に恵まれた姫

多分人は君を讚え
星も君の前では小さく
陽もなりをひそめるしかない
でもどうして
君はそれに気がつかないのかな

気づけない君が泣きそうだから
僕は君を見てる
虜になっている
美しい君が泣くのを
ただ少しいたずらに見ている

自分が美しいこと
恵まれているし
光という恵みを他に与えていることさえ
君が自分で気づけばね
君は何も怖くないのにね

だから僕は君を見てる
君がいつそれに気がつくか見てる
僕は何も言わない
君を 愛してる
― Miss Moonlight ―

 月が出てきた。エリザベラは満面の笑みを浮かべ、深呼吸する。
  何も怖くなかった。

 

 それから彼女は侍女を呼び、生まれて初めて、自分からエルメンリーアを呼びにやらせた。

 

  ― 第一の王女 ル・エリザベラ・アイルーイ 〜Miss Moonlight〜 End ―

 

あとがき。
 ええ。
 まずは第一の王女、完結です。どうでしょうか。これ、初めて書いたときより大分加筆修正してます。特に、最後の詩は全然違いますね。前の面影が全然ないです。前はもっと古くさくてなんだかよく分からなかったです。書き直しました。これが神崎の精一杯です。ポエム才能ないかな…やはり。
  今回のBGMは坂本真綾の「DIVE」でした。こればっかずーっと聴いてた。不思議にこれに合ったです。
  前書いたときに何聴いてたのかは忘れたんですけども。

  以後、改定前のあとがきから。
  「エリザベラについて。
  正直言うと、この人の考えてることってよく分からないです。私の中に生まれたときから。
  「あ、要するに淋しいんだな」と気づくのに、大分かかりました。エルメンリーアを嫌いぬいてていいはずなのに、そうじゃないっていうのがずっとひっかかってて…。片づいてよかったです。
  カルヴァン・ウッディ。名前はねー、Tales of Destinyでーす。ウッドロウ・ケルヴィンがうちだとカルヴァン・ケルヴィンって名前だったから。ただそれだけ(^^;;;)
  オープニングに「無名の」とあるように、彼は多分無名で終わるような気がしますね。エリザベラのところに帰ってくるとことかも思い浮かばないので、この二人メインで書くことは多分もうない…でしょう。
  こういう奴結構好きなんですけどねえ。

  アイルーイ王国シトラ6世陛下時代の王女を書きたいっていうのは前からあって。色々と設定考えたりはしてたのですね。それはエリザベラにだいたい話させてますけど。あれはエリザベラから見たことであって、他の三人は同じことをどういう目で見てるんだろう?って考えたのが4人書きたくなったきっかけです。
  ほんとは正妃メグネットにスポット当てた話とかも書きたかったりします。
  しかし王子のカゲうすいよな、この国…。」

  では、第二第三第四と続きますが、請うご期待。

                2000.8.13 神崎 瑠珠 拝