〜前回のあらすじ〜
  放課後。エルメンリーアはお供を巻いて、ジーン・トリアを追いかけていた。しかし自分の気持ちは上手く伝えられない。そして不用意に走ったと思ったら、人買いに捕まってしまった。
 どこからか「氷矢」の魔術が飛んできて、どうやら助かったらしいのだが…。

 

 「─ …リーア、エルメンリーア。しっかりしろよ」
  …お兄様?
 眩しい金髪。大好きなリュウキースお兄様。
 「エルメンリーア!」
 違う。
 エルメンリーアは目を開けた。 目の前にいて自分を助け起こしてくれているのは、ジーン。
 ジーン・トリアだ。
 「ジーン…」
 頬があつくなった。
 「立てるか?─ 余計なこと言わなくていいから、早く表通りに出るんだ。…城まで送るから」
 ジーンはそう言ってエルメンリーアを引っぱった。

 

 ジーンが、城まで送っていってくれる。
 そう考えただけで、何だかエルメンリーアはどきどきしている。
 彼は、エルメンリーアの半歩前を歩いていた。
 背はエルメンリーアより少し高い。肩幅は割と広い方だった。
 剣術の授業のときによく見ていたから、知っている。
 「あの…」
 「ん?」
 「私を助けて下さったのは…どなたですの?」
 あのとき、「氷矢」の魔術を使った声は、女性の声だった。ジーンではない。
 「んあ…」
 ジーンは少し考えたあとに、
 「通りすがりの、魔女」
  と答えた。そうですの、とエルメンリーアは言い、何となく会話が途切れる。
 何だかどきどきして、思うように言葉が探せない。
 「あのさ」
 「は、はい」
 「何でか分かんねえけど、むやみに走っていくなよ。ここルイドグエロックだって、やばいところはやばいんだからさ」
 「ごめんなさい…」
 思い出すと、かあっと顔があつくなる。私、何やってたんだろう。
 「あ、あの、でも…。ジーンには本当に、行きたいところに行って欲しいんですの。私のせいで、ジーンが不自由な思いをなさるのが申し訳なくて…」
 「だから別に、エルメンリーアのせいだなんて言ってねえだろ。どっちみち…俺の行きたいところなんて、行かせてもらえるわけないんだしさ」
 少し落ち込んだジーンの背中を見て、エルメンリーアは悲しくなった。
 「本当は…どこに行きたいんですの?」
 「…言ってもしょうがねえよ」
 「聞かせて下さい。お願いですから」
 「大げさだな。まあ、本当言うとさ。はっきり、どこに行きたいっての、ねえんだ。ただせっかくの修学旅行だから、他の班がどこにも行けないようなところに行って、歴史的発見とかしたりしてさ。そういうこと、したかった…かな。過去にもあっただろ、そういうの」
 「ありました…」
 エレーセおばあ様の班が、まさにそうだったことをエルメンリーアは思い出していた。
 エレーセの班は、遺跡の探索を徹底的に行い、隠し部屋を発見して古代史を大きく塗り替えたのだった。
 他にも、絶滅したと思われていた生物の群れを発見した班や、変わったところではたまたま異国の行商人と知りあい、意気投合して新しい交易の流れを作った班、などがあった。
 「ジーンは、そういうことがしたかったんですの…」
 エルメンリーアは、圧倒されていた。
 この人は、なんてことを考える人なんだろう。
 「お前は、したくねえの?」
 「え?わ…私もしたいです」
 とっさにエルメンリーアは答えてしまった。
 「そうなのか?」
 ジーンは少し意外そうな顔をした。
 「…はい」
 本当にそうかなどエルメンリーアにはよく分からなかったが、とにかくジーンに話を合わせたかった。
 「そっか…」
 「ど、どうかしましたの?」
 「いや…俺、誤解してたかもしれない。エルメンリーアはエービ川行きたいのかと思ってた。で、俺をつき合わせるの悪いから班抜けるって言ったのかと思った」
 「あ…」
 エルメンリーアはそういえば、と思い出した。私は、班を変えていただくようにお願いするって言って、走って…。
 王女という身分が、嫌で。
 「す、すみません。そんなこと…ないです」
 「あやまられてもなあ。こっちも、ごめん」
 ジーンは素直に謝って、頭を掻いた。エルメンリーアは我知らず笑顔になる。
 ジーンのこの癖が、何故だかとても好きだった。
 「で、エルメンリーアはどこに行きたいんだ?」
 「私、ですか?」
 「うん」
 …訊かれても、困る。
 「私も…ジーンと同じで、どこというあては、わかりません…。ただ、でもエービ川みたいなところではなくて、もっと違うところに行きたいのは、確かなんですけれども…」
 ─ 何を言ってるんだろう。
 言葉が上手く出てこなくて、全く嫌になる。
 「でも、私のせいでジーンが我慢なさるのは嫌…ですから。先生にお願いしてみようと思って」
 「別に、そんなことしなくていいよ」
 ジーンは少しうつむいた。
 「でも」
 「俺は…また将来に機会があるかもしんねーしさ。あんまり、気にすんなってば」
 エルメンリーアは、殴られたようなショックを受けた。
 ジーンには、まだ将来に修学旅行のような旅が出来る機会が、あるかもしれないのだ。
 私には?
 「あ、着いたぜ」
 いつの間にやら、城門に着いていた。
 「あ…」
 「ここまで来たら、大丈夫だよな?」
 「は、はい。 ありがとう、送ってくれて…」
 「気にすんなよ」
 ジーンはあっさり帰ろうとした。 エルメンリーアは、最高で最低の気分だった。ジーンと2人で喋れたのは初めてで嬉しかったけど、でもジーンは修学旅行じゃなくても将来に機会がある…のだ。
 「あの、ジーン、待って下さいな」
 「ん?」
 彼が振り返る。エルメンリーアは、泣きそうな思いで見つめていた。
 でも、何を言えばいいんだろう。
 「何?」
 「あの…。 お気をつけて」
 「ああ。じゃな」
 帰っていくジーンを、エルメンリーアはやっぱり泣きそうに、見つめているしかなかった。