〜前回のあらすじ〜
  「少人数のグループで、3ヶ月かけて何らかの冒険を成し遂げること」という修学旅行を、エルメンリーアはとても楽しみにしていた。
 姉のエリザベラに嬉しそうに話すことからすると、班員も「楽しみ」の重要な要素らしいのだが…。

 

 3.

 そして、ハイの前期試験が終わった。
 これが終わるとテスト返しなどの期末処理期間が1週間あり、そのあと1,2年生は夏休み、3年生は修学旅行となる。
 エルメンリーアは得意の魔術で学年1位をとり、苦手な剣術は落第すれすれで通った。まあ、まず満足すべき結果だった。
 ところが、期末処理期間2日目。
 エルメンリーアは、とぼとぼと姉の部屋に向かっていた。

 

 「お姉様…」
 エリザベラにすすめられるまま長椅子に座り、侍女が持ってきた果汁を一口飲むなり、エルメンリーアはぽろぽろと涙をこぼした。
 「どうしたの」
 エリザベラはいつものこととはいえ、半ば感心していた。ものすごく機嫌が良くて、人生楽しいことこの上ないという状態と、絶望しきって落ち込んで嘆くばかりの時と、この妹はどうしてそう両極端を器用に行き来できるのだろう。
 「あのね、お姉様。しゅ、修学旅行がね…何か…」
 「何か?」
 「行き先がね、決められそうですの…」
 「…?」
 「せっかく、ジーンもユークもルルレンもいますのに…よ、よりによってエービ川になりそう…ですのよ」
 …?
 話が何だか分からないままにエリザベラは、エービ川という名前を思い出していた。 ここ、アイルーイの王都ルイドグエロックからさほど遠くないところにある、細い川の名前である。
 旅になど出たことのないエリザベラに距離は実感できなかったが、果たしてあんなところが2ヶ月もかけて行くようなところだろうか。
 そういえば兄のリュウキースはもっと遠いところへ行っていたような気がする。
 「そこにはね、古い砦がありますの。でも、それっきりですのよ。行くのに1週間もかかりませんし、調べ尽くされていて、新しいものなんて何も ─ ハイでは、そこへ行くグループは臆病者って言われるんですわっ。うっ…」
 エルメンリーアは喉をつまらせて泣いた。
 ─ なるほど。
 エリザベラはようやくに合点がいった。お父様ね。
 修学旅行自体止められないのなら、行ったという事実さえ作ればいい。成績優秀な生徒を「護衛」に、大臣の息子あたりを「お目付け役」につけ、安全な場所に行かせれば、少なくともエルメンリーアの命は守れるだろう。
 ずるいと言えばずるいけれど…。
 仕方あるまい。父は王なのだし、賢者学院も結局は「王立」なのだ。普通ならばエルメンリーアだけ特例としても誰も学院を責めることは出来まい。むしろぎりぎりまで譲歩し、学院の伝統を守った学長クロディアスの手腕をほめられるべきところだ。
 「お姉様、やっぱり私のせいですの?私が王女だから、先生は私の話を聞いてもくれませんの?私、申し訳なくて…」
 そこまで気がついてはいたのか。上出来ね。
 「ジーンは、修学旅行をとても楽しみにしていますのよ。いえ、ジーンだけでなくて、他の皆も…私…」
 「エルメンリーア」
 言ってからエリザベラは少し迷った。 ここで妹に、父王の差し金だということをはっきり言った方がいいのだろうか。
 父王がエルメンリーアを溺愛するあまりのことだと告げるのは、よいことなのだろうか。
 「…お姉様?」
 エルメンリーアが、小首をかしげる。
 「─ 何でもないわ、エルメンリーア。  
 自分の、思うようにしなさい」
 判断がつかなかった。エリザベラには、そう言うのが精一杯だった。