〜前回のあらすじ〜
ライラは、グレンが自分のものになり、実に穏やかな嬉しい気分で日々を過ごしていた。グレンも、ライラとの結婚を視野に入れ、ライバルに負けぬよう、早く出世することを望む。そして、次の舞踏会がやってくる…。
4.
ライラは別に出る必要はなかったのだが、出ることにした。舞踏会には近衛兵たちも参加する。グレンに会えるのである。
現れた自分を見て、父王とメグネット妃はびっくりしたようだったが、何も言わなかった。ライラも、その方が有難い。そして、なお有難かったのはエルメンリーアが出席していなかったことだった。
人が多い中、落ち着かなくグレンの姿を探す。 が、見当たらない。
確かに出席すると言っていたはずなのに。
うかつに人に訊くわけにもいかないので、ライラは困っていた。
何人からかはダンスを申し込まれたが、無言で首を振ることで断り、目はグレンを探している。
…やはり、見当たらない。
ライラは溜息をついて、初めてグレンと会ったときと同じように、バルコニーに出た。
どうしていないのだろう。何かあったのだろうか。私に会いたくないと思ったのだろうか。
胸が痛んで、泣きたくなった。
愛されていないのかと思うだけで、不安でたまらない。
「グレン…」
小さく名を呟いた。
「グレン?グレン・ウッディですか?」
はっとライラは振り返った。
近衛隊の制服を着た、若い男である。 グレンと同じくらいの年頃であり、整った顔立ちをしている。貴族の子弟であることが伺えるような気品もあった。坊ちゃん、というには目が野心的ではあったが。そしてグレンより背が高く、金色の髪を持っているおかげで、ぱっと見た感じの印象は、グレンより強かった。
「あなたは…」
「近衛隊のゼーレ・レンブランドと申します。あなたは…?」
「…」
ライラは口をつぐんでいた。この男は自分を知らないらしい。ここで名乗らなければ、グレンとのことが公にならずにすむ。
「…教えていただけませんか。失礼をした」
「いえ…」
「お探しのグレンですが─ 」
ゼーレはそこでわざと言葉を切り、ライラの顔を覗きこんだ。顔がかあっと熱くなる。この、ゼーレという男は何なのだろう。
「訓練中に少々ケガをしましてね。舞踏会に出るのは少々無理なようですよ」
「ケガ?そんなに─ そんなにひどいの?」
「必死の形相だな。まあ安心して下さい。彼奴の悪運はそうひどくはない。大丈夫、たいしたことないですよ、ただ、ケガしたところが足なのでね」
「そう…」
「第一、気分がいいものじゃないでしょ。ケガをした近衛兵が舞踏会に参加するっていうのは」
「…」
気分がいい悪いの問題ではない。グレンに会いたかった。会えないのならば、これ以上ここにいる理由もない。
ライラはきびすを返して、自室に戻ろうとした。
「ちょっと待って下さいよ、あからさまだなあ。グレンが来ないからってそうあっさり帰らなくても。あなたに声をかけた僕の立場はどうなるんです?」
「私は、知らないもの」
「ごもっともですけど…」
「では」
すたすたと帰ろうとしたライラの腕を、ゼーレが掴んだ。
「まだ帰らないで下さいって」
「失礼だわ」
「あなたが帰ろうとするからだ。僕の話も聞かないで。でもまあ、失礼には違いない。すみません」
「…」
そこまで言われるとライラはもう言うことがない。
「グレンから、僕の話は聞いたことないですか?彼奴とは何かと競ってる仲なんですがね」
…そういえば、とライラは思い出した。グレンから話を聞いたことがある。負けたくない相手。
それが、この人か。
ライラが思い出した、という顔をすると、ゼーレは満足そうにうなずいた。
「グレンなんておやめなさい。奴は王女を貰うつもりですよ」
それは自分のことだ。ライラは得意になった。
「それが、どうかして?」
「…大した自信だな。でも奴は坊ちゃんですからね。父親と祖父が黙ってないですよ。メグネット妃の助けもあるだろうし、まあ…エリザベラ姫は年上だから無理にしても、エルメンリーア姫はまず間違いのないところでしょう」
「…何ですって?」
「だってそうでしょう。彼奴の祖父は先の将軍ですよ。つまり、メグネット妃の従兄だ。父も今の将軍だし…アイルーイで将軍が二代続けて出るというのも珍しいが、ひょっとしたら三代目もあるかもしれないからな。ま、そしたら姫君ぐらい貰わないとハクがつかないでしょう。しかも、正妃の姫君をね」
ライラは、知らないうちに奥歯を噛みしめていた。また、エルメンリーアだ。
あの子が、何もかも私から奪っていく。しかも、何も望まないでだ。私が渇望しているものを、あの子は何の苦もなくとっていくのだ。
ライラの中で、何か動いたものがあった。
彼女はその蒼い瞳で、射るようにゼーレを見た。
魔性が、確かに潜んでいる。
「ゼーレ、と言ったかしら」
「…はい」
彼は、ライラの変貌に圧倒されていた。が、畏怖を覚えたわけではない。
開花した魔性に、あっというまにとりこまれていたのだ。
「私の名前を教えてあげましょう。
ル・ライラ・アイルーイ」
「ライラ…?」
「私では、不満?」
「そんな…こと…」
「私のお願いを、きいて」
ライラが有無を言わさぬ口調でものを言ったのは、おそらくエルメンリーアが生まれる前以来のことだった。
そして、見る人が見れば今のライラに、明らかにマグダレーナを感じたに違いない。
「お願い?」
「そうよ。あなたはグレンと競う仲なんでしょ?『上昇志向が強い』ってグレンが言ってたわよ?」
「否定はしない…ですが」
ライラは、片時も目を離さない。
「私を、勝ち取ってちょうだい」
「あなたを?…グレンはいいんですか?」
「あら」
美しく、ライラは微笑んだ。無邪気に見えるほど恐ろしい、微笑みだった。
「では何故、私に声をかけたの?」
「…違いない」
「私を、愛してくれる?」
「勿論。ライラ姫」
ゼーレはゼーレなりの打算があった。妾腹とはいえ、4人、いや今や3人となった王女の1人を貰えるとしたら、中流階級の自分にとってこれほどプラスになることもない。この上、剣の腕や人望もグレン・ウッディを越えることが出来たら、次期将軍の地位は堅いところだ。だいたい、いくら選出制といっても三代も同じ家から将軍が続けて出ては世襲制が既成事実になってしまうではないか。阻止できるのは自分しかいない。
「嬉しい。私を裏切っては嫌よ。愛してね」
ライラはやわらかくゼーレに抱きついた。多分、その魔性の前にはゼーレの打算など、塵にも等しかった。

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