第三の王女
ル・ライラ・アイルーイ
〜Ruinous
Lyra 〜
第三の王女は、その名をル・ライラ・アイルーイという。
今上シトラ6世の姫君の中で唯一黒い髪と蒼い瞳を持ち、そして唯一、母が侍女あがりである姫君であった。
お喋りというわけでもなく、主張もない。それでも、何かひきつけられるようなところを持った、不思議な姫。
正妃メグネットにエルメンリーアが生まれるまでは最も愛された、そしてその後は最も破滅的な運命をたどった姫君である。
─ Ruinous Lyra ─
1.
母の名前は、 マグダレーナといった。
彼女は、もとは地方の貴族の娘であった。位はかなり低かったが。しかし家は借金でつぶれ、父も母も亡くなり、つてを頼って王宮にあがるようになったのである。
王付きの侍女になったのが、彼女の始まりだった。まわりの侍女とは少し雰囲気の違うマグダレーナに王は魅かれ、彼女は王の娘を産みおとし、妾妃の地位を得る。
マグダレーナとライラは、正妃メグネットや他の妾妃たちをものともしない程にシトラ6世に愛された。王には既にエリザベラ、マリアという2人の王女がいたが、彼女達もないがしろにされていたと言ってよかった。
臣下もそうした王の気持ちを察し、マグダレーナに追従するものが多くなった。正妃メグネットにとっては、まさに煮え湯を飲まされるような日々だったに違いない。
王の寵愛をほしいままに受け、かなわぬこともなかったマグダレーナは己の幸運に酔い、そういったものがすべきことをした。つまり、贅沢をし、政治に口を出し、愛娘のライラだけを可愛がって正妃の子供であるリュウキースとエリザベラには尽くすべき礼も尽くさなかった。
それどころか、自分に王子が生まれれば、リュウキースを廃太子にすることも可能だと考えていたのである。
しかし、その幸運はライラが3歳の時に突然、幕を降ろす。
メグネットに、姫が生まれたのだ。 エルメンリーアと名付けられたその姫は、王を正気にさせた。並外れて愛らしく、魅力のある子だった。その上、メグネットには政治的な力もあった。
彼女は、自分の従兄にあたるドーヴァ・ウッディ将軍と強いつながりを持つようにしていた。また、上流貴族の1人でひそかに次期大臣の座を狙っていたベン・アレンにも働き掛けていたのである。
シトラ6世も、悪い王ではなかった。エルメンリーアを得、あらためてメグネットと向き合い、自分が不利なことを悟ることになる。
情愛で得たものは、情愛で失う。マグダレーナは、負けた。寵妃の座から転落し、以後は普通の妾妃と同じように扱われた。彼女の政治的な手足であった大臣は左遷され、他の、彼女に与していた臣下は、不利を悟ると潮が引くようにマグダレーナから離れていった。
一度頂点に立った者が、もとの位置に戻るのは難しい。それには、諦めが必要とされるからである。
マグダレーナは、諦められる女ではなかった。それでももう、王の一番の情愛を得ることは出来なかったのである。
ライラは、幼いころから途方に暮れていた。物心ついたときには父王はどこかよそよそしかったし、母は焦っていた。
それでも自分がどうしたらいいのかなど、考えつきもしなかったから、ただ何となく大人しくしていた。
侍女や母の言葉の端々から、エルメンリーアという妹の名前は聞いていた。ほんのときたま、姿を見かけるときもある。
しかし、あまりにも直接の関係が希薄すぎて、憎いとかいった感情は浮かんでこなかった。
7歳までのライラにとって、エルメンリーアは他人に過ぎなかったのである。
…7歳のときに、マグダレーナが亡くなったのだ。ノイローゼが悪化し、体が精神を、精神が体を支えられなくなった結果だった。
「いい、ライラ。女はね、愛されなければ意味がないのよ。愛されて、大事にされて。そうでなければ何の意味もない。いいこと、ライラ。愛されて、愛されたまま、死ぬのよ」
呪詛のような、母の言葉。それが、ライラに残された全てだった。 7歳のライラに、その言葉全部は理解できなかった。それでも、憶えていた。
痩せ衰えた母の手を懸命に握りしめながら、彼女はやはりエルメンリーアのことを思い出していた。
ライラの人生は、そこから始まったのである。
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