「マジェスティーナになるには、資格がいる。これは、知っているね」
片づけも終わり、下っ端の神官が全て居なくなったことを確認してから、ムスティールは座ったまま淡々と語りだした。
ソフィーダはうなずく。
「祭祀所が資格の有無を判断なさるというのは知っています」
「うん。だがそれは、祭祀所の好き嫌いで決まっているわけではない。ジンに訊くんだ」
「ジンに…?」
「マジェスティーナ候補にあがった娘が果たして資格を持っているかどうか。 ─ 話途中ですまないが、そこの女奴隷は外に出してくれないか。国家どころではなく、カリューン信徒全体での機密事項だ。一奴隷に聞かせるわけにはいかない」
「お兄様、レーゼはわたくし自身も同様です。お気になさらないで」
遠慮して出ていこうとしたレーゼの手を握り、真剣な目でここにいろと訴えた。
「そうか…お前がそう言うなら…仕方ないな…」
ムスティールはあっさりと折れた。形式上言ってみたに過ぎないようだった。どうせすぐに分かる。妹の言う通りにして差し支えあるまい。
「話を続ける。
つまり、資格とは召喚の力だ」
「召喚?」
「ただの召喚ではない。カリューンに仕える者たちのことは知っているね?」
「魔神(ジン)、鬼神(アフアリート)、魔霊(マーリド)…」
そのくらいは、カリューン信徒にとっては常識だった。
「それらの中でも最上位に位置する魔神の中の魔神、鬼神の中の鬼神、魔霊の中の魔霊がいる。
それらのうちどれか一つでも召喚可能な人間であるかどうか。それが、マジェスティーナの資格なのだ」
「魔神の中の魔神…」
ソフィーダはくらくらとした。
「ジンがどういう判断でそれを決めているかは分からない。分からないが、彼らがそうと言えばそうなのだ。彼らが違うと判断した娘をマジェスティーナにした場合、必ず大きな災害がカリューン信徒を襲っている。イーエンや、普通の妾ならどうということはないが…。つまり、これはカリューンの御意志なのだ」
「…」
「そして、召喚可能かどうか、というのは…あくまで可能不可能の問題であって、実際に召喚した場合、大体が何も出来ずに死に至ったと文献には残っている。だから、召喚はさせない。召喚のやり方どころか召喚可能という事実でさえ、歴代のマジェスティーナには知らせずにきたのだ。強大な力だし、それを以て何かされようとしても困るしな」
「そうですわね…」
あまりに大きな話だった。ソフィーダもレーゼも、手が震えるのを止められなかった。
「殊に、お前は大問題だった」
「わたくしが?」
こくり、とムスティールはうなずいた。
「父上はお前が生まれた時から妃がねとして大事に育てていた。それはつまり、生まれた時にすぐもう祭祀所にお伺いを立てたということなのだ。マジェスティーナになれるかどうか。
そして、お前は予想外の結果を出した。
普通、どれか一体でも召喚可能であればマジェスティーナにはなれる。
だがお前は、三体全て召喚可能であるとジンは答えたのだ」
「全て!?」
「そんな例は千年に一度くらいしか起こらないらしい。だからお前は、千年に一度のマジェスティーナなのだ。
断っておくが、私たちが四日かけて張ったマーリドの結界は、マーリドの中でも最も力の弱いものに頼んだのだよ。それでも神官を総動員して、それだけかかったのだ。どれだけの力か、分かるかい?」
「…」
実感がまるで沸かなかった。自分にそんな力があると言われても、何となくピンとこないのだ。
しかし。
「分かりました、お兄様」
ソフィーダは立ち上がった。
「三体全部、召喚の仕方を教えて下さいませ」
「全部!?」
「全部ですわ。どれがマジェスティを助けてくれるか分かりませんもの。…まさか、マーリドの結界のように幾日も時間がかかったり、必要なものがたくさんあったりするんですの?」
「…いや…」
がっくりとムスティールはうなだれた。
「恐ろしいほど簡単だ」
ソフィーダは召喚の間の中央に立った。
身一つで構わない、とムスティールが言ったので特に何も持っていない。
レーゼは部屋の隅から心配そうにソフィーダを見守っていた。
もしかしたら、これが今生の別れになるのかもしれない。今まで召喚してきた帝王妃で、生き残った方が稀だというのだ。
─ でもそれでも、ソフィーダ様なら大丈夫。
根拠はないが、そういう予感がレーゼにはあった。
ムスティールはソフィーダと向かい合って立っている。よく似た、美しい兄妹だった。
「目を閉じて。身体を楽にするんだ」
言われた通りソフィーダは目を閉じ、身体の力を抜く。
そっと、ムスティールの指がソフィーダの額に置かれた。
細かな声でムスティールが呪文のような言葉を唱える。古い言葉で、意味は分からなかった。
呪文につれて、身体が熱くなってくる。
自分の中で何か、殻のようなものが割れていくのが分かった。
「クスト・アウル・イル・カリューン…エスタ・バルク・ルー・レ・アル・マジェスティーナ…」
ソフィーダとムスティールの回りに、空気の流れが起こり始めていた。
「ソフィーダ」
目を閉じたままソフィーダはうなずいた。唱えるべき呪文は、儀式の前にムスティールに教わってあった。
「魔神(ジン)の中の魔神、鬼神(アフアリート)の中の鬼神、魔霊(マーリド)の中の魔霊。
カリューンの御名において当代のマジェスティーナが命じる。我が前に、その姿を!」
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