上では、サラディンとジールの奮戦が続いていた。
サラディンはレスト・カーンきっての剣の使い手であり、ジールも人並以上の使い手ではあったが、さすがに二対多数はつらい。また、とりかこまれるのを防止するため背にした、灯台の火の熱も侮れなかった。
そのとき、兵士の一人が「鉄の馬」に駆け寄るのが見える。
「!」
それをとられたら万事休すだ。視線の端でとらえたジールはちっと舌打ちし、今戦っていた相手を蹴り倒して向かおうとするも、新たな敵が来てしまう。
しかし、「鉄の馬」に駆け寄った兵士は、全く弾かれたようにもんどりうって転がった。
何度か試すが、その度に転がされてしまう。
ジールは一瞬にして思い当たり、唇の端でわずかに微笑んだ。
魔神、マールザワーンだ。
かの者の援護があるとすれば心強い。
「ジンよ、我が道を作り給え!」
途端、ジールと戦っていた敵が何かに捕まれたように放り投げられ、「鉄の馬」との間に一瞬道が出来る。
迷わず駆けよって「鉄の馬」に飛び乗り、左耳のねじをまく。
馬は駆け上がり、
「サラディン!」
呼ばれたサラディンも理解し、こちらは自力で敵を押しのけて「鉄の馬」に飛び乗った。
「卑怯者、逃げる気か!?」
フィオルナの兵士が叫んでいる。
「逃げはせんよ。ただ、数が多くなってきたから鬱陶しいんだ」
ジールは遠くには行かずに涼しい顔で言い返すと、今度は小声で、
「いるんだろう、マールザワーン」
「勿論。五の大臣」
マールザワーンは姿を消してはいたが、すぐ近くにいた。
「確か、ジンは風を操ると思ったが」
「よく知ってるね」
「このくらい知らんようでは大臣など勤まらん。何をして欲しいか、分かるな?」
「はいよっ、こうかな?」
言うが早いが灯台に向けて突風が吹く。灯台の火が傾き、何人かが火傷を負った。
「こうした方が、効率がよかろう!」
ジールはさも自分がやったかのように叫ぶ。
「おのれぇ…!」
兵士達はてんでに弓矢を持って射掛けてきた。が、当然マールザワーンが全て矢を反らし、ジールとサラディンには一本も当たらない。
余裕を持って眺めているジールの目に、隊長らしき男が下から来た兵士に鍵を渡すのが見えた。
レーゼは更に、
「あの、マジェスティーナは確かにこの中にいるんですよね?」
残った兵士に話しかけた。
「ん?」
「レスト・カーンには妖術使いが多いと聞きます。本当に、いるんですよね?」
念を押す。
「王妃が妖術使いとは聞かなかったが…」
「分かりませんよ?」
「ううーん…」
兵士は扉の隙間から中を覗こうとした。が、暗くてよく見えない。
「あっ!?」
背後でレーゼが声をあげた。
「どうした?」
「あ、あれっ!」
レーゼの指さした先、階段の方には人がいた。暗くてよく分からないが、レスト・カーンの格好をした女のようだ。
「ん?お前の仲間じゃないのか?」
「レスト・カーンに行ってたのは私だけです」
「え?」
迷っている間に人影は、ひらりと身を翻して下に駆け降りて行ってしまった。
「ま、待て!」
本能的に逃げるものを追っていく兵士。
レーゼは勿論動かない。
その間に、先ほど鍵を取りに行った兵士が帰ってきた。絶好のタイミングだ。
「あれ、奴は?」
「先に下に行かれました」
嘘はついていない。
「そうか、ほら、鍵だ。急がなきゃならないんだろ」
「ありがとうございます!よかった…」
レーゼは急いで鍵を開け、重い扉に身体全体を預けた。
部屋の中に明かりが差し込む。
まぶしそうにこちらを見たのは、紛れもなく帝王妃ソフィーダその人だった。
─ ソフィーダ様。
無事でよかったと思うものの、当然まだ気は抜けない。
幸いまだソフィーダは目がなれていないらしく、レーゼの顔をはっきりと認識したわけではなさそうだ。
「レスト・カーンのマジェスティーナ。貴女を別の場所に移すことになりました。大人しく従われよ」
急いでレーゼは言った。
その声を聞いて、一瞬ソフィーダの表情が変わる。が、心得たように、
「わたくしをどこへ移すというの?何かあったの?上が大分騒がしいようだけど」
「つべこべ言うな、黙って来ればいいんだ」
レーゼが何か言うより先に横の兵士が言い、ソフィーダの手を乱暴に掴んだ。
が、鈍い音とともにその場に崩れる。
「汚い手で人の女に触るなよ」
いつの間に戻ってきたのか、そこにいたのは帝王その人だった。
「よう、ソフィーダ」
ソフィーダは思わずまじまじと自分の夫を眺めた。
何故女装しているのか、何故瞳が翠色なのか、どうやって来たのか、どうしてここだとわかったのか。
そんなソフィーダを見てアードはにやりと笑い、重ねて言った。
「帰るぞ」
その台詞で、全ての疑問が済んだ。
ソフィーダも笑う。
「はい」
三人はそのまま塔の上に向かった。
ソフィーダはきちんとヴェールをつけている。レーゼが用意してきてくれたのだ。
「相変わらず気が利くのね。ありがとう、レーゼ」
「いいえ。そんなこと…」
「おい、上に着くぞ」
悠長なやり取りを、珍しくアードがたしなめる。上はえらい騒ぎになっていた。
あちこちに血しぶきが散っている。兵士達も忙しく駆け回っていた。風も強く吹いている。
「なんだなんだ、おっかないな」
アードが呟くと、レーゼが素早く前に出てソフィーダとアードと庇った。
「何だ、お前達は」
「鴉です。こちらが苦戦していると聞き及びましたので」
レーゼが言い張る。おまけに、ここぞとばかりに緑色の瞳をみせつけた。
「おお、ならば魔術が使えるな。早くあの妖術使いどもを何とかしろ。これではどうにもならん」
「妖術…?」
そちらを見ると、ジールとサラディンが「鉄の馬」に乗って灯台の回りを旋回している。
ははん、そういうことか。
「分かりました、お任せを」
ひとつうなずくと、アードはレーゼとソフィーダの腕を掴んで一気に灯台の縁に走り寄り、
「せーのっ!」
いっそ鮮やかなほど勢いよく、飛び降りたのだった。
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