帝王妃ソフィーダ
第四話

 アードは、このレスト・カーンの帝都であるルッテル・ドナがとても好きである。
 特に、活気に満ちているところを見るのが好きだった。
 政治は確かに面倒だが、こんな風に人々が楽しそうに生活しているなら、やるのも悪くないかなと思う。
 だから、逆に物乞いなどを見ると気が滅入ってしまうのだが。
 今はとりあえず美女を見つけるのが先決である。
 レスト・カーンでは未婚の女性は右側で、既婚の女性は左側でヴェールを留める。まあ、実際のところアードには既婚か未婚かなど大して重要な問題ではない。彼が望めば、嫌だという権利など誰も持っていないのだから。 だが、今のところ幸か不幸か、アードは人妻に手を出したことはなかった。
 「人妻でもいいけど、出会いがなかった」
 というのがその理由である。
 そんなわけで、アードは「ヴェールをどっちで留めていようと、とにかく美人そうに見える女性」をいちいちチェックしていた。
 「ううーむ困った」
 「どうかしましたか?」
 「大した美女がいない」
 「そこら辺においそれと転がっていないから美女としての価値があるのでは ?」
 「…ジール。お前は真面目に探しているのか?」
 「勿論ですとも」
 「まあ、カリューンにすがるべきだな。必ずや俺と美女を引き合わせて下さるにちがいない」
 「そんなことでカリューンにすがっていいのですか?」
 「うん。俺が言うんだから絶対だ」
 とか何とか言っている間に、一向は市場の真ん中にある広場にたどり着いた。
 丁度、奴隷の競り市が行われていて、人でごった返している。

 一方ソフィーダとレーゼは、アードたちより大分下手に市場を歩いていた。
 何しろ、ソフィーダがじっとしていない。
 「レーゼレーゼ、あれは何?何を売っているの?」
 「わわ、そっちに行かないで下さい、ソフィ…じゃなかった、お姉ちゃん。あれはただのナツメですよ」
 「あんなに沢山あったら食べきれないわ。すごいわ」
 美しい、大きな瞳がくるくると動いている。何を見ても何を聞いても珍しい。ソフィーダはほとんど恍惚としていた。
 「あああ、お願いですお姉ちゃん、まっすぐ歩いて下さい。ふらふらしていては人にぶつかります」
 「…んー、だって…」
 「いいからっ」
 レーゼは小さな声で「恐れ多いですが」と言ってから無理矢理ソフィーダの手をつかんで上手に市場を歩き出した。この方がいくらかか速い。
 おかげでソフィーダも、まわりをくるくる見ながら進むことが出来た。
 何て活気にあふれているのだろう。
 所狭しと並べられた果物や肉や野菜や魚。見たこともない安っぽい壷やランプや、じゅうたんなんかも売っている。
 肉や野菜を焼いたり蒸したりする匂いもする。売り買いする人々の声。
 後宮とは全く異なった、あまりにも雑多な、そして面白い世界だった。
 ─ これが、わたくしのマジェスティの都。ルッテル・ドナ。
   多分、カリューンの恵みに一番満ちた都。
 ソフィーダがこれほど自らの帝王妃という身分を誇らしいと思ったのは、帝王妃の位についたときに王宮のバルコニーからいっぱいの群衆に挨拶したとき以来だった。
 「レーゼ、ヴァン・レーゼ。
 ルッテル・ドナはいい都ね?わたくしのマジェスティは、いい君主なのね?」
 レーゼは振り返って笑った。
 「勿論ですとも」
 ソフィーダは満面の笑顔になった。
 なるほど、これは気晴らしになるわ。マジェスティがしょっちゅう城下に行きたがるのも分かる…。わたくしだって今回こっきり、というわけにはいかないわ。絶対。
 レーゼが聞いたら卒倒したくなるようなことをソフィーダは考え、なおかつまわりへの注目は怠らないであたりを見回していた。
 そうこうしているうちに、広場に着いた。
  人でごったがえしている。
 「レーゼ、これは何?」
 「ええと…奴隷の競り市をやってるみたいです。人も多いですし、他所に行きましょう」
 「競り市?まあ、それこそ見たいわ。存在は知っていたけど、わたくしは見たことがないんですもの。
 ねえレーゼ、見ても構わないのでしょう?」
 「それは構いませんけれど…」
 「それなら見るわ!」
 …どうしちゃったのだろう、ソフィーダ様ったら…。
 いつもの艶然とした様子はどこいっちゃったのかしら。本当は面白がりやな方だっていうのは知ってたけど…城下に来ただけでこんなにはしゃがれるなんて。
 とってもとっても恐れ多いけど…可愛いな、ソフィーダ様ったら。
 連れてきてさしあげて、よかった。
 レーゼの顔は、自然とほころんだ。

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