帝王妃ソフィーダ
外伝
レギオン家のソフィーダ

 駆けだしたところで、どこへ行ったらよいのかは分からない。
 ソフィーダは屋敷の入り口ではたと困った。
 王宮の祭祀所であろうという予測はつくのだが、どうやって行ったらいいのかは分からない。七歳の子供には限度があった。
 側にいた奴隷を捕まえ、
 「お願い、王宮の祭祀所へ連れて行って!今すぐよ!」
 訴えるものの、奴隷とてそんなことをいきなり言われても困る。おろおろとしているとソフィーダの癇癪が爆発した。
 「今すぐ連れて行ってくれないのなら、泣くから!」
 言いながら泣いているのだから世話はない。奴隷は慌てふためく。
 「お、お嬢様、すぐに旦那様にご相談して参りますので、お待ちを…」
 「だめよ、だめ!お父様に言ったら怒られるわ。お願い、早くしてちょうだい!」
 泣かれたところで奴隷一人の裁量では如何ともしがたい。下手をすれば命にかかわる。
 「とにかく、とにかく少々お待ち下さいませ」
 奴隷はそう言って屋敷の中へ駆け込んでいってしまった。
 勿論ソフィーダはそんなのを待っていられない。通りに駆けだした。
 屋敷から王宮の屋根だけは見える。ソフィーダはそちらに向かって走った。
 滅多に走ったことなどなかったのであっというまに息が切れる。それに、他の建物に邪魔をされて、王宮の屋根は見えなくなってしまった。
 早く行かなければならないのに、どちらに行ったらいいのかも分からない。
 朝食も摂っていないのでおなかはすいてきたし、さんざんだった。ソフィーダはしくしく泣きながらそれでも歩いた。
 たまに「どうしたの?」と声をかけてくる人もいたが、説明するのも面倒なので無視する。
 「どうなさった、姫君」
 しばらくすると、頭のだいぶ上から声をかけられた。
 低くてとてもいい声。
 ふと見上げると、馬に乗った男が日を背にして止まっていた。
 逆光でよく見えないが、とにかく馬に乗っているのである。
 「あなた、王宮までの道はご存じ?」
 ソフィーダは涙を収めると、しっかりと尋ねた。
 「一応」
 「じゃあ、乗せていって!」
 「…」
 「時間がないの、はやく!」
 「…家は王宮なのですか?」
 「そうじゃないけど、王宮の祭祀所へ行かなくてはならないの。だからお願い」
 「…」
 「何の用事で?」
 「お兄様に会いに行かなきゃならないの!」
 ソフィーダはじれったくなってまた涙が出てきた。どうしてこう大人ってわからずやなの!?急いでるんだから、黙って乗せてくれればいいんだわ。
 果たしてその男はひらりと馬から降りた。
 無骨で、岩を削りだしたような顔の男だった。ソフィーダよりかなり年上に見える。
 ちょっと怖かった。
 「姫君、失礼」
 男は短く言い捨てると、ソフィーダを抱き上げて馬に乗せた。
 馬に乗るとこんなに高いのかとソフィーダはびっくりする。
 「動いてはいけない。喋ってもいけない。しっかり捕まっていること。できますか?」
 こくり、とソフィーダはうなずく。馬は直立しているはずなのに背がぐらぐら揺れて怖い。
 「王宮の祭祀所でいいのですね?」
 またうなずく。早くなんとかして欲しい。今にもおっこちそうだ。
 「では、参ります」
 男はまた馬にまたがると、前に乗っていたソフィーダをしっかり体で押さえ込みながら馬の腹を勢いよく蹴った。

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