「それでは、妹はどうしても後宮に入らなければなりませんか」
ムスティールはややがっかりした声を出した。
ウルマリクは重々しくうなずく。
「マジェスティがお望みになれば否も応もありませんが、基本的に入る入らないは自由です。ただ、妹御には入るだけの資格がある。それも並々ならぬ資格の持ち主です。二の大臣もそれはご存じです。
だからこそ、本日こちらにお連れになった」
「…父が本気なのは知っています…でも…」
「後宮は決して穏やかな世界ではない。ムスティール殿がご心配なのはそこなのでしょう?」
ムスティールは力無くうなずいた。後宮が不幸せな世界であるとは言わないが、どうしても苦労する世界ではある。妹にはあまり苦労をさせたくなかった。
勿論、具体的にどう苦労するのかはムスティールもよく知っているとは言い難い。だが母から聞く話だけでも大変そうな世界であった。
ウルマリクは残酷なほど静かに言った。
「ムスティール殿。妹御がマジェスティーナたり得る資格があると判断したのは畏れ多くもカリューンです。それに逆らうすべはありませんし、逆らってはいけません」
「私にはそこが分からないのです。何故、妹でなければならないのか。他にも女人はあまたあるというのに、何故妹である必要があるのか。私が知りたいのは、そこなのです」
「残念ながら、お教えするわけにはいかない」
「…何故ですか?」
「ムスティール殿ならいずれは知ることが出来ると思いますが、カリューン信徒全てに関わる秘密だからです。そして…私も全てを知っているわけではないからです」
「大神官様…」
その美しい顔に影を落としてムスティールはしばらく考えた。
「妹は…後宮に入れば私が守ってやらなくてはいけません。ただ、妹がマジェスティーナという揺るぎない地位にいたところで、私がうまく立ち回らなければ結局足を引っ張ることになってしまう。一の大臣も黙って見てはいないでしょうし、父も同じです。私はそれが心配なのです。
それから」
聡い若者だ、とウルマリクは感心した。わずか十二歳にしてここまで考えられているのは賞賛に値する。
彼は話すに足る相手が見つかったときにのみ感じられる心地よい満足感と共に、ムスティールの次の言葉を待った。
「大神官様。私が、大神官様の知らないことを知ることは、出来ますか?」
懇願に近かった。ウルマリクは慎重に言葉を選んだ。この若者は、次の一言で人生を変えうる。
「カリューンにはあまたの謎があります。決して楽にその御心の全てを知ることは出来ません。
神学とはカリューンの御心を、少しずつ時間をかけて大勢の人間のわずかな知恵で理解していこうという、気の遠くなるようなものなのですよ。その中では私もムスティール殿も同等です」
「…」
ムスティールはわずかに息をついた。
やがてリヤドが迎えに来て、ソフィーダとムスティールは王宮から引き上げた。
ソフィーダはあの後ジールと全く面白くない時間を過ごしたので、帰る道すがらリヤドにそのことを延々と訴えていた。
一人別の輿に乗っていたムスティールは、じっと考え込んでいた。
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