〜前回のあらすじ〜
  マリアの夫は、4歳年下のセルジオ王子の方だった。彼女はクスコの民に歓迎されていることを体中で感じ、そしてクスコでの人生が始まろうとしていた。

 

 4.

 そして、城でセルジオとマリアの婚礼と祝いの宴が行われ、その日はそれで終わった。
 さすがにマリアはくたびれた。何しろ、生まれて初めての2ヶ月もの船旅の上に婚礼、宴ときたのだ。正直、無難にこなすので精一杯でセルジオの顔もよく見ていなかったくらいだ。周りになじみの人がそういないのも、疲れに拍車をかけていた。
 それでもとりあえず、これからセルジオの相手をしなければならない。
 今いる部屋は新婚夫婦の寝室である。
 マリアは、そこにあった長椅子でうとうととしていたのだが、やがて侍女に起こされた。
 「セルジオ様がお見えになっております」
 「ああ…はい…」
 眠い目をこすりこすりマリアが起きると、セルジオが入ってきた。
 「セルジオ様、こんばんは」
 一応、立ち上がって挨拶をする。
 「姫、眠そうだな」
 「はぁ…」
 はしたなくも、バカ正直に返事してしまった。もうどうにも思考が働かない。
 「じゃあ、もう寝よう」
 「ハイ」
 2人がすたすたとベッドに入ってしまったので、居合わせた侍女は驚いて、呆然としてしまった。
 「明かりを消してくれないか」
 セルジオの言葉に、侍女は慌てて明かりを消し、部屋を出て行った。

 

 「姫。淋しくはないのか?」
 しばらくして、セルジオが尋ねてきた。
 「ん…」
 マリアは夢うつつのまま答える。
 「母君とも離れて、こんなに遠くに来て淋しくはないのか?兄弟もいたのだろう?」
 「淋しくない…ですわ…お母様は可哀想…だけど…」
 「どうして?」
 「…」
 「姫!気になるじゃないか。起きて話してから寝てくれ」
 セルジオは細身の方だが、父ゆずりと鍛練のおかげで力はある。マリアを無理矢理起こしてベッドの上に座らせ、向かい合った。
 「…?」
 「姫、がんばれ」
 「ふにゃあぁぁ…」
 「姫!」
 くずれそうになるマリアを、セルジオは必死で起こしてまた座らせる。
 何度か繰り返しているうちに、やっとマリアの目も覚めた。
 天窓から入ってくる光で、目も慣れる。
 「さ、姫。どういうことだ?」
 「え?」
 「え、じゃないだろう。淋しくないのと、母君が可哀想、とはどういうことだ?」
 「…私、そんなこと言いました?」
 「言った。どうしてなんだ?」
 「…」
 マリアはしばらく考えてから、
 「お母様は正妃ではないし、子供は私の他にはいませんから。お父様の寵愛も実のところ、薄いのですわ。ですから、アイルーイに私なしで残っているのは… 可哀想かな、と 」
 「そうなのか?姫はアイルーイの大事な姫君と聞いたぞ」
 正直なセルジオの疑問を聞いてから、しまったなとマリアは思ったが、まあ言ってしまったものは仕方がない。
 「私は、二番目の姫ですもの」
 「姉君がいるのだろう?それは知ってる」
 「妹もいますわよ。2人。セルジオ様より1つ上と2つ下ですから、年からしたらそちらの方がお似合いですわね」
 「…」
 「陛下に言って、私を追い返しますか?」
 「そんなことはしないけど…僕にはよく分からない」
 「何がですの?」
 「姫がどうして淋しくないのか。 僕の母上は、僕を生んですぐに亡くなったから兄弟もいない。父上には他に妃はいらっしゃらない。母上を忘れられないから。再婚を勧める声があんまり多くて苦しんでらした。だから、僕がこんなに早く結婚することになったのだが。
 姫は、沢山兄弟がいたのだから、アイルーイでは楽しかったのではないか?その方々と別れてこんなに遠いところに来たのだから、淋しいと思ったんだが」
 マリアは思わず微笑んだ。
 
「セルジオ様は、お優しいんですのね」
 「そうなのかな」
 「ええ。 ─ 私はね、兄弟はいましたわ。沢山。でも建物も別のところに住んでいましたし、お母様が寵妃というわけでもなかったので、縁が薄かったんですの。だから、淋しくはありません」
 「そうか」
 セルジオは安心したような顔を見せた。
 「僕は、姫が淋しかったらどうしようかと思っていた。侍女からも、今夜姫が泣いたりするようだったら、そっとしておいた方がいいと言われていたんだ」
 「まあ」
 余計なことを言う侍女もいたもんだわ。
 「私は、平気ですわ。 今日港に着いたときにあれだけ歓迎していただけて、そしてセルジオ様はこんなにお優しいんですもの」
 マリアは、笑ってセルジオに抱きついた。
 「姫」
 セルジオは不器用に抱き返す。実のところ、まだマリアの方が少し身体が大きいのだ。少年はまだこれからである。
 「セルジオ様こそ、こんなに早く結婚なさるのは、嫌ではありませんの?」
 「僕は、平気だ。父上が母上のことを忘れられなくて再婚を受け入れられないのは何となく分かるし、それは僕にとって嬉しいことだから。顔も覚えていない母上だけど、父上は母上のことを話すとき幸せそうだから、僕が早く結婚することで父上が再婚しなくてすむなら…姫!?」
 今度こそマリアは寝ていた。完璧だった。セルジオが何度起こしても無駄だった。
 「姫、まだ話が途中だぞ、姫!」
 …むう。
 若い夫は煮え切らないながらも、諦めて寝るしかなかった。