「…で、姫。…いや、アリスリィナ。君はそれを知ってどう思ったんだ?」
「私、ですか?」
明かりを消した暗闇の中なので、彼女はおぼろな影にしか見えない。
それでも、彼女が微笑んだような気がした。
「どうとも」
「─ は?」
「ですから、どうとも」
「…?」
「リュウキース様は素敵な方だとも聞きましたもの。皆が望む王子様そのものだ、とも」
─ 一応、いい評判が伝わってはいたのか…。
「ですけれど、本当のことは分かりませんわ。これからゆっくりリュウキース様と一緒にいるんですもの、焦る必要はないと思いますの」
「…」
「少しでもリュウキース様のお気に召すように、頑張りますわ」
ようやく分かった。
この姫は、本当に素直なのだ。
いい評判を聞いても悪い評判を聞いても流されることなく、自分で判断するつもりでいる。
色々な情報を与えられてもまだ、こんなに無垢にみられるのだ。
「そうか…。ありがとう、嬉しいよ。私も、君の期待に応えられるように頑張る」
「あら」
アリスリィナが不思議そうな声をあげた。
「ん?」
「リュウキース様。先程まで御自分のことは『俺』っておっしゃってましたわよね?」
再び、リュウキースは呆然とした。
何てことだ。
自分がこんなに簡単にボロを出したということ自体、リュウキースには信じられなかった。
「…」
おまけにこの素直な妻の鋭さときたら、どうだ。
なまじ素直な分、無心でつっこんでくるのだから手の打ちようがない。
かなわない相手、というのに出会った気がした。
「ええと…」
「リュウキース様って、面白い方」
アリスリィナはそう言って笑った。
リュウキースも笑った。笑うしかなかった。
負けた、という気分もあるにはあったが、正直それより清々しい気分があったのも本当だった。
6.
「へー。それじゃあ却ってよかったんじゃないのか、リュウキース?」
「ん?んん…まぁな」
婚礼から1ヶ月。ようやく落ち着いたころ、リュウキースはまたセルクレナンの部屋を訪れていた。
話題は勿論、アリスリィナ王太子妃のことである。
「それにしてもな。相手が切り札持ってて、しかもそれを全部最初に見せたってことか。なかなかやるねえ」
「一番怖いのは天然だっていうのがよく分かったよ。道理でエルメンリーアの相手も大変なわけだ。まあ、エルメンリーアの場合は小さな頃からパターンを知ってて、経験上対処法が分かっているだけ扱いやすいけどな」
「アリスリィナ妃はそうはいかないか」
「いかないね。1ヶ月じゃまだなんとも。第一、エルスがまだ何の切り札を持ってるやら分からん。俺、あそこが平和主義の宗教国家って絶対信じないぞ、これから」
そういう割に、リュウキースの顔は幸せそうである。
「まあ、これから頑張れよ。
─ 飲むだろ?」
セルクレナンが戸棚から取りだしたワインを、リュウキースは手で制した。
「いや、いい」
「?お前、熱でもあるのか?」
「ないよ、別に。
ただ最近は、寝る前にアリスが用意しておいてくれるから」
「ほーお」
セルクレナンはごちそうさま、と言いたげに肩をすくめた。
「じゃあさっさと帰れ、この幸せ者」
「まぁそう言うなよ。もう少し話を聞いてくれ」
「のろけなんか聞く耳もたない」
「えー。ただの愚痴ですよ」
「嘘つけ」
「まぁまぁ、じゃ、あれだ。天然の妻に勝つ方法を考えてくれ」
「結婚もしてないのにそんなの分かるか」
「ひどいなあ」
口ではそんなことを言いつつ、やっぱりリュウキースは幸せそうに、のびのびと笑っていた。
夢の王子 ─ 「エルン・ヴァイツァ」と称されるに相応しい笑顔で。
─Elun Vaicha(Prince Charming) End
─
あとがき
やっと終わりましたー。とっくに原稿は出来てて、あとはぺこぺこ打つだけだったのに、何ヶ月かかってるんでしょう、私。反省。
で、リュウキースお兄様のお話です。
最初私の頭の中に浮かんだのは…下手したら10年くらい前ですね。その時には既にセルクもアリスリィナもいました。この3人、セットだなあ(
妹もいたのですが、エルメンリーアではなかったですね)。
その時はもっと素直に「王子らしい王子」で、セルクはどっちかというと「帝王妃ソフィーダ」のジールに近かったかな。アリスはこんなんだったと思います。キャラ固まってなかった…。
しかし、「ただ王子様ってのもつまらないなあ」とフト思ったところから、この話が始まりまして。
結構すらすらと書き上げて、ゆうまくんの誕生日プレゼントにあげたら、気に入って貰えて嬉しかったです。やっぱり裏好きなのね、皆…。
この話の反省点としては、結構色んな人からいただいた「多分こうなると思った」という感想かなあ。
ひねりが足りなかったですね。精進しなければ。
さて、今年の誕生日プレゼントは何にしようかな。
というわけで、読んで下さってありがとうございました。感謝。
2002.7.29 神崎 瑠珠 拝
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