5.

 それから一週間後。
 アリスリィナ王女は無事、アイルーイの王都ルイドグエロックに到着した。
 王都を揺るがす盛大な結婚式、披露宴が行われたのは言うまでもない。
 式の最中に、リュウキースはやっと花嫁の顔を見ることが出来た。
 まず、美人である。妹のエリザベラの美しさには及ぶべくもないが、王女として周囲をがっかりさせないくらいには美人である。
 髪はやわらかなプラチナ・ブロンドのストレート。瞳は暗いブルーである。
 大きな瞳だが、黒目部分が多い上に伏し目がちなので、色が余計暗く見えた。
 清楚な感じのする姫である。
 ─ まあこれなら、手をやかなくてすむかな。
 というのが、リュウキースの正直な第一印象だった。

 

 そしてやたらと大変だった式を終えると、今度は初夜が待っている。
 しかし、ここで体力を使い切るわけにはいかない。
 何しろ明日も明後日も、何らかの式だの記念舞踏会だのあるのだ。
 アイルーイの王太子が結婚するというのは、実に大変なことである。
 ─ まあ…適当にしてさっさと寝るか…。
 経験豊富な不良王子はそんなことを考え、寝室に入った。
 新婚夫婦の為の寝室というので、寝台の天蓋や床などの配色にやわらかな白やピンクが使われており、暖かくも甘い雰囲気になっている。
 ─ うーむ…。
 とりあえず俺の趣味じゃないな、と思いながらリュウキースは寝台に腰かけていたアリスリィナに近づいた。
 「姫」
 彼女はおそるおそるリュウキースの方を見、少し微笑んだ。
 初々しい可愛らしさがある。
 「待たせたね」
 「いえ…」
 アリスリィナは立ち上がる。
 「さて…明かりを消させてもいいかな?」
 「はい」
 おお、恐ろしい程素直だ。リュウキースは少し笑って、控えていた侍女に明かりを消すよう促した。

 

 そうなると、部屋の中は闇である。天蓋や床の色も関係ない。
 ─ ついでに、相手の顔もな。
 アリスリィナは美人だったが、どうしても手に入れたい程の美人でもない。
 名前さえ間違えて呼ばなければ、平気だ。
 さて。
 リュウキースがアリスリィナを抱き寄せた。
 その時。
 精一杯の力でベッドに押し倒し、唇を強引に重ねたのは、アリスリィナの方だった。
 ─ !?
 さすがのリュウキースも、びっくりして抵抗も出来ない。
 アリスリィナはただがむしゃらに抱きついて、その柔らかな唇をリュウキースのそれに押し当ててくる。
 ─ ま、待ってくれ、キスっつったってやり方があるだろ。何なんだこの姫は!?
 た、助けてくれ…!
 かなり慌ててからやっとこリュウキースは落ち着いてアリスリィナを離すことに成功した。
 ベッドの上に、並んで寝転がる体勢になる。
 「ひ、姫…」
 それ以上言う言葉が見当たらなかった。何と言えばいいのだこの場合。
 「リュウキース様」
 アリスリィナは果敢にももう一度抱きついてキスしようとする。
 「ままま待ってくれ、ちょっと待った!」
 「え…?」
 「お、落ち着いてくれないか。俺は逃げやしないから」
 「はい…」
 アリスリィナは素直に身体を離した。
 「そのう…このやり方は、エルスのしきたりか何かなのか?」
 「いえ…」
 ─ じゃ、何でだ?
 リュウキースがそれ以外の可能性について思い当たらず、半ば本気で悩んでいると、アリスリィナの方がおずおずと口を開いた。
 「あのう…リュウキース様はかなり経験豊富でいらっしゃるから…積極的にしなさいと国元で言われてきたのですけれど…駄目だったでしょうか?」
 「は!?」
 どういうことだ!?
 「あ、あの、それはどういうこと…で?」
 「どういうことって…リュウキース様はあちこちに愛人がいらして競争率も高くて、来るものは拒まない…という風に報告を受けておりますけど」
 ─ 待ってくれ…。
 なまじそのようなことを実際しているだけに、否定が出来ない。
 ─ だがしかし、諦めるにはまだ早いな。
 気を取り直して、次の質問。
 「あの、それはどういう筋の情報で…?」
 「エルスにいたときに、お母様から聞きました」
 ─ エルスの王妃から!?
 エルス国属の、だかエルス王妃子飼いの、だかは分からないが、間者に俺の素行が嗅ぎつけられていたってことか…?
 「…ほ、他に何か俺のこと…は?」
 「ええと…そうですね、お酒がお好きだとか、一番仲がよろしいのは学生時代からのお友達でいらっしゃるセルクレナン・アランド様だとか」
 ─ バレてる…。
 リュウキースがここまで呆然としたのは、生まれて初めてだった。
 ─ てか、俺が今までに築き上げた評判は?エルン・ヴァイツァの称号は?
 「あの」
 「…」
 「リュウキース様?」
 「……」
 「情報…足りませんでした?」
 「足りないっていうか…」
 余計な情報が足り過ぎである。
 この姫は、何なのだろう。
 自分の情報を(しかも裏の)これだけ握っておいて、どうしようというのか。
 握っておいて、これをタテにゆするというのならば、リュウキースにもまだやりようがある。
 だが、彼女の声に皮肉な調子はない。