4.

 結婚の準備、といってもリュウキース自身がやるべきことなど、公式にはこれといってない。大変なのは周囲だけだった。
 ただし、非公式にやることは実に色々と存在した。
 それらをとにかく片づけ、リュウキースが再びセルクレナン・アランドの部屋に訪れたのは、実に結婚一週間前のことである。

 

 セルクレナンの部屋は、3ヶ月前とあまり変わっていない。
 強いて言うなら季節が春から夏に変わったので、調度にかけられる布が薄いものになったとかそういう、あまりどうということもないところである。
 部屋の主も服が薄手になったくらいで、特に変わっていなかった。
 客の王子様といえば、少しやつれた様子である。
 「久し振りだな、リュウキース」
 「最近ばたばたしてたからな。疲れた。─ 疲れたよ、セルク…」
 「そんな目で俺を見るな」
 「そんな目って何だよ」
 「何かくれ、って目だそれは」
 「分かってるなら、くれ」
 「な…何をだ」
 「それくらい分からないセルクじゃあないな。じらさないで、さっさと出してくれると有難い」
 リュウキースは彼の指定席であるところの椅子に腰掛け、長い脚を組んでにっこりと笑った。
 セルクレナンは溜息をついて戸棚からリュウキースの好きなワインと、グラスを2つ取りだした。
 「…これでいいんだろ?」
 「そう。やっぱりお前はいい奴だ。持つべきものは親友だな」
 「僕としては、お前と関わるのは公式の場だけでいいんだが」
 「それでは真の友人関係は築けないよ、セルク」
 「…真の友人関係って、何だ…?」
 「こういう関係」
 王子様は、にこにことワインを干した。
 「…で、最近どうなんだ」
 諦観したセルクレナン。
 「最近ね。まあ、色々あったよ。結婚するとなると大変だな」
 「…女性の整理か?」
 「それが一番大変だったなあ。一番多かったのが『子供が出来た』だったかな」
 「…そうか」
 「まあ、常套手段だからな」
 「で、どうするんだよ」
 「そんなん全部嘘に決まってるから。別にどうもしない。そのくらいで慌ててたらどうしようもない」
 「ほんっと…うに、嘘なのか?」
 「うーそでっす。こんな時になっていきなり言ってくるなんて、それ自体嘘らしいし。本当だったらまず、もっと前に親の方が騒いでるはずだ。俺、ちゃんとここ数ヶ月は禁欲生活送ってたからね。清く正しく」
 喋りながらリュウキースは、ワインを実に美味しそうに飲んでゆく。
 「悪党め…」
 「誉めるなよ」
 「誉めてないっ!」
 「まあ、いかにあとくされなく切るかってのも腕のひとつだから。ねえ」
 「腕…」
 「おかげで疲れた。会いたかったよー、セルク」
 「僕じゃなくて、酒にだろ」
 「また、どうしてそうひねくれたものの言い方をするかなあ」
 「…ともかくだ、リュウキース」
 セルクレナンは真面目な顔をして、リュウキースの向かいに座った。
 「お前、本当にその調子でアリスリィナ王女を騙し通すつもりなのか?」
 「だから、人聞きの悪い言い方をするなって」
 「じゃあ言い方を変えよう。アリスリィナ王女にも、本当のお前を隠したままでいるつもりなのか?」
 「大事にはするよ」
 リュウキースも、少し真面目な顔になった。
 「王家に生まれたから仕方ないとはいえ、遠いところをはるばる来て、顔も見たことない相手と一生つきあわなきゃいけないんだ。それについては同情する。だから大事にするよ。それは俺の義務だと思う。
 でも、それと本当の俺を見せるかどうかって言うのは別の話。父上も母上も妹達も、俺の本当の姿なんて知らないんだから、
今更見せる必要はない。 妻も、そのくらいのレベルに置きたいんだよ。
 本当の俺を知ってるのはセルク、お前とかの学生時代バカやった仲間。
 それだけでいいんだよ」
 「…そうか」
 セルクレナンは少し、リュウキースが気の毒になった。確かに、来るたびに迷惑はかけられているが、こいつには心を開ける場所がないんだ。
 ─ と、ここまでで思いとどまる。
 リュウキースがにやっと笑ったからだ。
 セルクレナンは、罠に引っ掛かるところだったことを認識した。
 ─ …。
 心を開けない、んじゃなくて開かない、んだ。こいつは。
 同情の余地なし。