2.そして、裏

 「ふーん、それで。お前は請けざるをえない、とね…」
 王宮からさほど遠くない貴族の屋敷。
 贅沢な部屋だった。華美というわけではなく、調度の一つ一つが洗練された高価な素材で出来ているという意味で、贅沢なのである。
 主はリュウキースと同じ年頃の、身分卑しからぬ男。
 長く伸ばしたプラチナ・ブロンドを1つに束ね、青い瞳は眼鏡越しに見える。整ってはいるが美形というわけではなく、知的さが勝っている感じの男だった。
 名前はセルクレナン・アランド。
 リュウキースの、ジュニア時代からの親友である。修学旅行も同じ班だった。
 成績は常に首席であったし、家柄もよいので将来はリュウキースの片腕間違いなしと言われている。
 「うーん、父上も考えたなってところかな」
 その部屋に遊びに来ていたリュウキースは、にやっと笑って杯を干した。
 中身はワイン。断っておくが、まだ日は随分と高い。
 「で、それでいいわけ?」
 「いいも悪いも、俺に選択権はない。まあ、王子と生まれた以上仕方ないな」
 「…とんだ王子様だ」
 「なーんで。俺、やるべきことはちゃんとやってるよ。王太子らしくふるまってるし、それなりの実績もあげてる」
 「でも息抜きもしっかりしてるよなー、王子様」
 セルクレナンはひょいっと手を伸ばして杯を取り上げた。
 「返せよ、このやろー」
 「この野郎とはごあいさつだな」
 杯をひらひらと揺すりながら、セルクレナンは笑う。
 「僕がどれだけ、このお前の実態をバラしたいと思ってるか」
 「それ、学生時代から一万回は言ってるよな」
 「だってだ!飲んだくれで薄情でいい加減で手がかかって大変な奴なんだぞ、お前は!自覚はあるのか!?」
 「ある。だからここで飲んでる。返せよ、セルク」
 王太子殿下はにっこりと笑ってセルクレナンの手から杯を奪い返し、自分でワインを注いだ。
 「…その調子で姫君とやらも騙すつもりなのか?」
 「人聞きの悪い。夢を見たままでいさせてあげるくらい言ってくれ。ただでさえ、外国から来るんだぞ。俺の評判がどう伝わってるのか察しくらいはつく。
 ─ としたらなるべく、夢を壊さないままでいてあげるのが親切というもので」
 「─ お前がフェミニストをやるのは構わん。完璧な王子をやるのもいい。エルン・ヴァイツァと呼ばれるのも愉快なくらいだ。だがな!僕の部屋に来て憂さを晴らすな!」
 セルクレナンは言い放つと、はーぜーと肩で息をした。
 実際、リュウキースが真っ昼間に酒をかっくらっているというのは最も穏やかな憂さばらしである。
 「怒るなよ。俺たち仲良しなのに」
 「─ 虫酸が走る」
 「学生時代から色々やってきた仲なんだからさ、もちっと大目に見てくれよ。お前の将来にとっても悪くないと思うけど?」
 「…」
 セルクレナンはワインを取ると自分のグラスにどばっと注ぎ、がっと飲み干した。

 

 シトラ6世とメグネット妃がした決断とは、リュウキースの妃を外国から迎えることだった。
 平和主義で有名な、隣国エルスの王女である。勿論正妃の、しかも一人娘で名前はアリスリィナ・セクトリーフといった。
 美貌の聞こえ高い王女である。
 年は17。23歳のリュウキースと、年も身分もこれほど釣り合う相手もいなかった。
 リュウキースに否やはない。というか、もともと「お妃」たる人物に対してさほどの期待もしていなかったというのが正直なところである。