一年の約束

 

 序 

 いつものお茶の時間。
 メルメ1世、セルジオ、マリアはゆったりと談笑しつつお茶を飲んでいた。
 と、侍従からメルメ1世に手紙が手渡される。
 国事のものと違い、個人的な手紙のようだ。
 メルメ1世はちらりと差出人を見、にっこりと笑った。
「筆無精な奴だな。今頃返事をよこした」
 封を開けると、紙が1枚。読むのは一瞬で終わった。
「セルジオ、返事が来たぞ」
「何の?」
 王子に心当たりはない。マリアと顔を見合わせた。もちろん、マリアにも心当たりはない。
「覚えてるか?ハイトだよ」
「…?」
「…お前には通じないか…じゃあ、サッカルー公爵と言えば分かるか?」
 セルジオはうなずいた。クスコとレストカの境目あたり、いわばクスコの門を守る侯爵の名である。
 確か父の古い友人であったと聞いた。
「彼からだ。やっと返事が来た」
「だから、何の返事?」
「うん」
 メルメ1世は一瞬ためたあと、実にさらっと笑って言ってのけた。
「セルジオとマリアは、少し離れた方がいいからね」
「は!?」
「どういうことですの、お父様?」
 セルジオとマリアは、同時に声をあげた。
「つまり、だ」
 メルメ1世は、相も変わらず呑気にお茶を飲んでから言った。
「セルジオ、お前を預ける約束をとりつけた。向こう1年、サッカルー公爵 ― ハイトのところに行って、鍛えてもらってきなさい」
「どういう意味?」
「まあ、あれだ。武者修行ってとこだ。
 いつまでも王宮育ちではろくな王が育たない」
「ふーん」
 何をするのかよく分からないまま、セルジオはスコーンをつまんだ。
「修学旅行のようなものですわね?」
 マリアは、国元アイルーイの行事を思い出していた。彼女は、残念ながら王立高等賢者学院には行っていなかったので経験はしてなかったのだが、異母兄であるリュウキースが確か行っていたはずだ。
「修学旅行?」
「アイルーイ王立高等賢者学院の行事ですわ。アイルーイでは、王位継承の条件として、修学旅行への参加が義務づけられていますの」
「ほう…知らなかった。どんなものなのかね、それは?」
 セルジオもメルメ1世も知らなかったので、マリアはアイルーイの修学旅行の概要 ― 少人数で、なんらかの冒険を成し遂げること、起こった問題は自分たちで片づけること、などを手短に語った。
「面白そうだなあ、それ」
 セルジオは2個目のスコーンに手を伸ばしている。
「私は行ったことないですけれど。実際はなかなか大変みたいですわ」
「まあ安心しなさい、セルジオ。お前のは、その修学旅行に比べたら天国だ。
 ハイトが面倒見てくれるからな。何も彼の領地まで一人で行けとも言わんし」
「当たり前だよ、マリアがいるじゃないか」
「ん?」
 メルメ一世は一瞬怪訝な顔をした後、にやりと笑った。
「そうか、だからお前は呑気な顔をしてるのか。道理で危機感が足りないと思った。
 お前、私の話をちゃんと聞いてたか?
 セルジオとマリアは、少し離れていた方がいいからね、と言ったぞ?」
 セルジオの手から、食べかけのスコーンが落ちた。
「…まさか」
「まさかも何も。お前、鈍いなあ。
 当然、マリアは連れて行かせない。
 お前一人で行くんだよ」
「!!!!!!」
 王子はやっと事の重大性を悟った。
「な、なんで僕一人で!?」
「マリアが行く必要がないからだ」
「マリアを一人にしろって言うのか!?」
「一人じゃない。この城にも城下にも、マリアの知り合いはたくさん居る。安心して行ってこい」
「でも…!」
「横暴だと思うか?思うだろうな。
 ま、それでも構わない。とりあえず行きなさいとしか言わない。
 お前が行かないというのならば、それなりの理由を私に説明してくれ」
「…」
 唇をきっと噛んで、頭の中で一生懸命返す言葉を考えているセルジオを、マリアは不安げな瞳で見つめていた。
「…陛下、そろそろ政務にお戻り下さいませ」
 ― 多分セルジオを気遣って、侍従がそっとメルメ1世に声をかけた。
「そうだな。
セルジオ、この話は後日にあずけよう。少しお前も考えなさい。
…マリアもね」
 いきなり名前をよばれたマリアははっとしてメルメ1世の目を見た。
 そして、言いたいことを理解した。
「…はい」