一年の約束 〜マリアからセルジオへ その7〜
最愛のセルジオ様へ
何から書けばよいのかしら。
とても悩みます。
今日は、「お休みの日」でしたの!
あんまり色んなことがありすぎて、却って何をお伝えしたらいいのか分からないくらいですわ。
目立たないように街娘の格好をして、持ちすぎない程度にお金も持って、朝から行ってまいりました。
まず、セルジオ様が懇意にしてらした木彫り屋さんに向かいました。
…分かっています。ここには何回かセルジオ様と一緒に訪れてるんですもの、あっというまに私だとわかってしまいました。
でも、御隠居様も旦那様も、私の「お休みの日」をいいことだと誉めて下さいました。
木を色々見せて下さって、すごく楽しかったです。セルジオ様がお小さい頃に彫られたものも、見せていただきました。ただの練習板を、御隠居様も旦那様も、それはそれは大事に持ってて下さったのですわ。
おかげでマリアは、セルジオ様の足跡のひとつをたどることが出来ました。嬉しかったです。
「本当は、セルジオ様には内緒なんだけどね…こんなの取ってあるって。言ったらきっと怒られる。でもねえ、私らにとってはこれはすごく大事な記念なんだ。あの王子様は私らにとっても、息子だよ」
とおっしゃってました。内緒ですよ、セルジオ様。
それから、昼食の時間になったので…マリアはやってみましたわ!
なんだと思います?
市場の屋台で、食べたんですの!
他の方々がしていたのと同じように、パンとあぶり肉を買って、そのへんにおいてあった簡単な椅子に座って、いただきましたわ!
パンもお肉も焼きたてで、とってもとっても美味しかったんですの。不思議ですわね、特に高級なお肉というわけでもないと思うのですが、とっても美味しかったんですわ。
それから、同じように屋台で売っていたジュースもいただきました。いろんな果汁とハチミツを混ぜたものだそうでしたが、これも本当に美味しかったです!
思い出したらまた飲みたくなってきました。セルジオ様がお帰りになったら、是非!
お昼を食べ終わってからは、港へ行きました。
私が、クスコで一番最初に訪れた場所。
皆様が暖かく迎えて下さった場所です。
あの時のように人が沢山いたわけではないので(当たり前ですわね)、とてもとても広く感じました。
でも船は沢山止まっていて、水夫さんたちが忙しそうにしてらっしゃいましたの。
お祖父様の言葉を思い出しました。
「活気のある港がある街は、いい街ですぞ。物がよく行き交っている。そういうところは暮らしやすいし、商売もやりやすいのです」
寂れた港、というのを私は見たことがないものですから、果たして今のクスコの港に「活気がある」かどうかは分かりません(アイルーイにいた頃は、港なんて数える程しか行きませんでしたから、よく覚えておりませんし)。
でも、少なくとも「淋しい」という感じはしませんでしたし、物も沢山あったと思います。
あとね、港には鳥が沢山いました!時々海に入って魚を取ったりして、見飽きませんでしたわ。
その鳥を狙っているのか、魚を狙っているのか分かりませんが猫もいましたし、港って本当に色々あるんですのね。びっくりいたしました。
そうそう、水夫さんたちとお友達にもなりましたのよ。勿論、王太子妃とは言わずに、お城で働いているんですけれど今日はお休みの日をもらっている侍女だと答えておきました。
ちょっと気がとがめましたけれど、このくらいの嘘は仕方ありませんわね。
港が終わると、また市場に戻ります。買い物をしながらお城に帰らなくてはなりません。
人が増えていてびっくりしました。
でも、どうしても何か記念になるものを買っていかなくてはなりません。
人ごみの中を頑張って歩いていて、やっと、小さなアクセサリーを沢山売っている露店にたどり着きました。
そして、そこで見つけた小さなブローチを買おうと思って…………思ったのに、どこを探してもお金がないんですの!
確かに、持っていた手提げの中に入れてましたのに。
私が一生懸命探していると、お店のおばさんが気の毒そうに言って下さいました。
「…可哀相だけど、掏られたんじゃないかしら」
またびっくりです。一瞬なんのことかわかりませんでした。
どうやら、人込みを歩く間に「掏られて」しまったらしいんですの。
噂には聞いておりましたけど、こういうことでしたのね。
それにしても、どこで「掏られた」のか、本当に分かりませんでした。
…呑気にびっくりいたしましたけれど、そんなことを言っている場合ではありません。
だって、お金がなければこのブローチは買えないんですもの。それから、お父様にもセルジオ様にも何か買っていこうと思いましたのに。
私がブローチを持って途方に暮れていると、おばさんが見かねてまた言って下さいました。
「それ、どうしても欲しいのかい?」
うなずくと、恥ずかしいんですけれど涙が出てきました。
「…しょうがないね…すぐ帰らなきゃいけないのかい?」
少し迷った後、私は首を振りました。お父様と約束した夕方までには、まだ少し時間がありましたもの。
「じゃあこうしよう。あんた、あたしと並んで店番をやってみるってのはどうだい。沢山売れたら、そのブローチはあんたにあげる」
「本当ですか!?」
思わず叫んでしまいました。
そして、私、店番をやることになったんですの!
大変ですのよ。自分の前に並んだ商品を、お客さんに見せなければならないんですもの。その為には一生懸命声を出さないといけません。
「いらっしゃいませ、いかがですか?」
って。
それでも大概の人は通り過ぎてしまうんですけれど、たまに立ち止まって下さる方もいました。
見るだけ見て、「やっぱりいらない」と言われるとがっかりするのですけれど、それを顔に出していたらおばさんに叱られました。
「あのお客さんは今日だけとは限らない。またここを通るかもしれないんだよ。帰り際に嫌な顔をされたら、ここの前通りたくなくなっちまうだろ。買ってくれなくても、笑顔で『またどうぞいらして下さい』って言うんだよ」
それからは私、ずっと笑顔で頑張りました。
お父様と約束したぎりぎりの時間まで頑張って、やっと少しのアクセサリーを売ることができました。
おばさんに、どうしても夕方までに帰らなければならないことを伝えると、
「そうかい。じゃあしょうがないね。あんた、良く頑張った。見たところただの街娘じゃないから、こんなことするの初めてだっただろ」
「…どうして分かったんですか?」
「ずーっとこんなところで商売してると、そのくらい分かるのさ。あたしも人がいいとは言えないから、ためしに働かせてみちゃった。アハハ」
「…そうですか…」
「良く頑張ったからね、このブローチはあんたにあげる。あとね、これはお駄賃」
そうしておばさんは私にブローチと、銅貨を2枚下さったんですの!
マリアは自分でお金を稼いだんですわ。
とてもとても、嬉しかったです。
そんな感じの1日でした。
私が帰ってくるのを、お父様は城門で待っていて下さいました。そして顔を見るなり、
「ああ、不良娘が帰ってきた。こんなに嬉しそうな顔をして」
と言ってしっかり抱きしめて下さいました。
お休みを許しては下さいましたが、やはり心配をおかけしていたんだな、と思って少し反省致しました。
そして、私が稼いだ銅貨のうち、1枚をもらっていただきました。
「…マリア。これはね。この銅貨は、あなたがこの国の王妃になる上でとてもとても大事なものだよ。この1枚の銅貨を稼ぐためにした思いをずっと忘れずにいれば、あなたはきっといい王妃になれる。
少なくとも私は、こんなに重みのある銅貨をもらったことはない。とても貴重に思うよ、マリア」
お父様はこうおっしゃって下さいました。
お休みをいただいて、本当にいろんなことを勉強いたしました。よかったです。
そして、もう1枚の銅貨はこの手紙と共に、セルジオ様へ。
私の一番大事な、あなた様に。
随分長い手紙になってしまいました。ごめんなさい。
でも、こんな風にすごく実り多い1日だったのです、ってことをどうしてもお伝えしたかったのです。
色々なものが見えた1日でした。お母様の言った通りでしたわ!
お金を稼いだ王太子妃 マリア
P.S. お祖父様のおっしゃった通りですわ。私は、アイルーイにいた頃より断然良くなっていると思います。でも、セルジオ様あってですわ、勿論。