一年の約束

 

 その5 

 フェルディオーレは、朝早くから忙しかった。
 綺麗なピンクのエプロンをきちんとし、台所にぱたぱたと向かう。
 「お母様、お母様」
 「フェルディオーレ、遅くてよ」
 「ごめんなさい」
 シュレインも同じピンク色のエプロンをして、既に台所に立っている。
 大きなテーブルの上には大理石の板や、ボウルがきちんと出してあった。
 卵や小麦粉もちゃんと並べられている。使用人達は既に下がっていた。こういう時は、この母娘だけでやるのである。台所は貸しきり状態だった。
 「さ、始めましょう」
 「はい、お母様」

 

 セルジオは朝起きると、朝食前に軽く馬に乗る。だいたいは2人の兄貴分、ティレックとシードルも一緒だ。
 この日もいつもと同じように馬場へ向かったのだが、ティレックがいない。
 「…?」
 おかしいなとは思ったが、馬場ではもうシードルが馬に乗っていたので慌てて準備をする。
 セルジオの馬は綺麗な栗毛の馬だった。今日も綺麗だね、と馬に囁いてやり、ひらりとまたがってシードルを追いかける。
 「シードル!ティレックは?」
 「さあ?兄貴、今日は見てないよ」
 「どうしたのかな、風邪でもひいたのかな?」
 「さあ?」
 「…?」
 なんだか変な気もしたが、セルジオはそれ以上考えずに日課をこなすことにした。

 

 謎はすぐに解けた。
 朝食の時、サッカルー一家が揃う。この辺は城と変わらない。食事は、家族揃ってするものなのである。
 そして、セルジオが食卓につくなりフェルディオーレとシュレインが、ケーキを捧げ持ってきた。
 上には溶かした砂糖で「お誕生日おめでとう セルジオ王子」と書かれてあった。
 「おめでとう、セルジオ!」
 「おめでとうございます、セルジオ様」
 二人はにっこりと花のように笑った。
 「あ…」
 セルジオはちょっと照れる。
 「何だ、おい。これは?」
 ハイトがのぞき込んできた。
 「んあ?あれ、今日お前の誕生日だったのか、セルジオ」
 「はあ…」
 「はあじゃねえだろ、なんでそんなこと早く言わないんだ」
 「いや、わざわざ言うことでも…」
 「あなたが覚えてらっしゃらないからですわ。フェルディオーレも私も、ティレックもちゃんと覚えてましたのに」
 「ティレック??」
 きょろきょろとハイトが自分の長男を探したとき、タイミングよく伊達男然としたティレックが入ってきた。
 手には大きな薔薇の花束を抱えている。
 シュレイン似のティレックだからできることで、これがハイト似のシードルだったら…熊が薔薇を抱えているという世にも珍しい奇妙な取り合わせになること間違いなかった。
 「お前、まぁたそういうことを…男にそういうものをやるのはやめろって何度言えば」
 「父上やシードルには、もうやりませんよ。セルジオだったら少しは情緒を解するかと思って。
 誕生日おめでとう、セルジオ」
 ティレックから花束を渡されたセルジオは、どこに置いていいものか迷った。
 「メシ時は邪魔だろ。おい」
 ハイトがさっさと執事に持っていかせる。一寸ティレックに悪いな、と思ったのだが、当のティレックはあげただけで満足していたらしく、別段気を悪くした様子もなかった。
 「で、お前いくつになったんだ?セルジオ」
 「16です」
 「ほほぅ」
 ハイトはニヤリと笑う。
 「なかなかいい時期だな」
 「…そうですか?」
 「おう。一番成長する時期だ。…ん?なんだ、そんな顔して。大丈夫、お前、ここに来てから大分ツラ変わったよ。心配するな」
 セルジオは思わず自分の顔に手をやる。そんなに変わっただろうか?
 「うんうん。そいじゃ、今日は盛大に祝ってやらないとな。何しろ、セルジオ王太子殿下の誕生日だ!」
 言って、ハイトはセルジオの背中を一つぶっ叩き、豪快に笑った。