一年の約束

 

 その10 

 メルメ1世は、サッカルー公爵から届いた手紙に目を走らせた後、溜息をついた。
 困ったものだ。
 「なあ」
 側に居た侍従に話し掛ける。
 「何ですか?」
 「どうしたものかな」
 「…何を、ですか?」
 「うーん…」
 珍しくメルメ1世の歯切れが悪かった。
 何度か手を組み換えたりする等の落ち着かない動作を繰り返した後、やっとぽつりと言葉を発する。
 「ハイトが、頼みごとをしてきた」
 「…サッカルー公爵殿ですか?」
 「うん」
 「どのようなことを?」
 「…それがなあ」
 ハイトが言って来たのでなければ、一笑に付すところなのだが。
 「出来れば、娘をセルジオの妾妃に出来ないか?だそうだ」
 「結構なお話ではありませんか」
 事も無げに侍従は言った。
 「…やっぱり、そうかな」
 「サッカルー公爵といえば建国の折、相当な働きをなさった方というのは国中に知られております。その娘御がセルジオ様の妾妃になるのに、何の不都合がありましょう?」
 「…マリアはどうする?」
 「王太子妃様ですか?正妃の地位をどうにかされるおつもりならともかく、それが揺るがないのでしたら、アイルーイの方にも異存はありますまい。違いますか?」
 「…正論だな」
 「ただ、サッカルー公爵の娘御の方が先に王子を挙げられた場合、やや複雑なことになるとは思いますが」
 「そうだな」
 メルメ1世は、うーんと考え込んだ。
 「どこまで本気で言ってるのか分からないが、とにかく…返事はしないといけないだろうな。
 セルジオはどう思っているんだろうか」
 「セルジオ様の性格なら、拒否反応を起こしそうな気はしますが」
 侍従は率直に言った。悪気があるわけではない。こういう時に取り繕った言い方をしても仕方がないだけだ。
 「…だろうな」
 もう一度、サッカルー公爵から来た手紙に目を落とす。
 『無理にとは言わない。言わないが、俺の娘をお前の息子の妃にして欲しいと言ったら可能だろうか?
 正妃になれないのは分かっている。妾妃で構わない。
 俺は別にいいのだが、シュレインが一応聞いてみろと言うので。
 セルジオがもうすぐ帰ってしまうことで娘がしょげているので、一応聞いてみた。
 何度も言うが、無理にとは言わない。断ってくれて構わない。
 一応、返事を待つ   ハイト』
 不器用な文章である。
 あいつはもう少し文章を書く勉強をした方がいいな。
 どうでもいいことをメルメ1世は考え、溜息をついた。