風変わりな王妃
もうすぐ、サゼスは落ちる。
隊長のフェバートは確信していた。
そうしたら、新しい国が建つのだ。
国の名前は皆で相談して、「クスコ」と決めてある。古い言葉で「幸運」を表す言葉だ。
今まで、サゼスの圧政に耐えてきたこの地には、せめてこのくらいの名は贈りたい。
そして…未だに信じられないことなのだが、自分はその国の王にならなければならないらしい…のだ。
そのとき、フェバートの率いる軍は、サゼスの王都フェナンから少し南に下った所にいた。
この近くに王都を作ったら人や物の流れが良くなりそうだ。海は近くなくては…などと知らず知らずのうちに考えてしまう自分がいて、苦笑してしまう。
仲間…と思っていた部下たちに、是非とも「クスコ」の王になってくれと言われてから、フェバートはそれなりに悩んでいた。
別に自分の生まれや育ちを気にしているわけではない。平凡な地方の農家のせがれだったからこそ、こっちの軍にいるわけで…しかし、若い血気盛んなころはあちこちに傭兵として出かけ、修羅場をくぐってきたのだ。要するに、サゼスには殆どいなかったのである。
帰ってきたら、革命が始まろうとしていた。
サゼスという国は、確かに病んでいた。
続きすぎたのだ。
一つの家系が300年も支配を続ければ、まともな君主が育つ土壌があるわけがない。それでもしばらくは見せかけの平和が続いていたが、とうとう王の座をめぐって親戚同士骨肉の争いが表面化し、やはり割をくったのはいつも平々凡々と暮らしている人々だった。
今回の争いは激しく、王家が隣国レストカに助けを求めるまでになっていた。勿論レストカはただで救ける気など毛頭なく、このままではサゼスがのっとられる日も近い。
そんな中、軍にいた若い者たちが離脱し、革命軍を作ったのだ。サゼスもレストカもごめんだ、という者たちだ。彼らの軍は傭兵も含んで瞬く間にふくれあがり、そこにフェバートも入っていたのである。
言ってみれば、自分は参加しただけなのだ。
なのに、どうしていつの間にか自分はどんどん革命軍での地位があがったり、部下や同士たちから「王になってくれ」などと言われているのだろう。
「…年のせいかな」
と、当時29歳のフェバートは呟いた。革命軍の中では、年長の方なのである。
彼には、もう既に妻がいた。
もう既にとは言っても結婚したのは去年であり、この世界の基準からすると大分遅い。
妻は今年やっと20歳だった。名を、ネーナという。
その妻は、フェバートにくっついて軍に加わっていた。別に戦えるわけではないのだが、こまごまとフェバートや仲間たちの世話をしているのである。男所帯になりがちな軍の中で、彼女の存在は確かに有難いものであった。
フェバートが連れてこようと思って連れてきたわけではない。彼女が勝手についてきたのである。止めてきくような妻ではなかった。
「ネーナさん、相談があるんだけど」
夜。気を利かせて仲間が夫婦に提供してくれた小さな小屋の中で、試しにフェバートは言ってみた。
「ん?」
丁度兵士の服を繕っていたネーナは顔をあげた。
くりくりっとした蒼い眼が特徴的な女性である。美人ではないが愛嬌のある顔立ちで、可愛い印象だった。小柄で、フェバートの陰にすっぽりと隠れることが出来る。
髪は長く美しい銀髪だったが、今は無造作に束ねていた。
「なんか言った、フェバート?」
「だから、相談があるんだけど。って」
「相談…?いいよ。これ縫っちゃってからね。どうせ変なことに決まってるんだから」
「…俺、いつもそんなに変なこと言ってる?」
「日々漫談かましてるわね」
「そうかなあ…」
「そうよ。みんな笑ってくれる優しい人たちでよかったわね」
「…」
まあ、こういう歯に衣着せないところが彼女の魅力だな、とフェバートは思った。退屈はしない。
今居るこの小さな小屋の中で、彼女と一歩も外にでないで暮らすことになったとしても、それはそれで面白い人生になるだろうなと思えた。
「はい、できた。なあに?」
ネーナは縫ったものを手際よく畳むと、フェバートの方を向いた。
「だからさ、相談」
「分かってるわよ。何の相談?」
「うーん」
「何よ、早く言ってみ?」
ネーナはフェバートの顔をのぞき込む。
「俺さ…王にならないかって言われてるんだけど」
「知ってるわよ」
「知ってたの!?」
「当たり前じゃない。あたしが今どこにいると思ってんの?あなたの部下や同士からあなたを説得してくれって散々言われ続けてるわよ」
「何で言わなかったんだい?」
「何かあんまり乗り気じゃなさそうだったから」
「…そう見える?」
「うん。というか、あれね。周りを気にしてるように見える。自分でいいの?ほんとに?って感じ。別に王になりたくないわけじゃないんだけど…って。これ、間違ってる?」
「…間違ってない」
フェバートは溜息をついた。全く、この妻にはかなわない。いつでも思考を読み取られているような気がする。
「男だからさ。一国一城の主になってみたいっていうのは確かにあるよ」
「でも、俺でいいのかなって?」
「うん」
「どうしてまた?」
「だって、王様ってさ…俺みたいなのがなるようなのじゃないと思うんだけど」
「じゃあ、どういうのがなるものなの?」
「…それはよく分からないけど」
「あたしは、あなたが王になるといいと思うけど?」
「なんで?」
「責任感があって、いい友達が沢山居て、外国にいっていろんなものを見てて、人を使うのが上手いからかな」
「…最後のはなんだい?」
「例えばあたしとかね。いつのまにかこんなとこにいて、服縫ったりごはんつくったりしてるけど、まあそれもいいかって思っちゃってるわよ。あなたのためだったらね」
「そりゃどうも…」
ネーナはくすっと笑った。
「あとはねえ、王様ってきっと、一番面倒くさい職業なのよ。だからあなたのステキな仲間達は、あなたに押し付けたいんじゃないの?」
「まあね」
…それはあるだろうな、とフェバートは思う。サゼスを倒して、そのあと国を平定して…というのは簡単だが、実現するまでにはどれほどの困難があることか。一度仲間内で話し合ったときにそれに要する作業を洗い出してみて、改めて皆でうんざりしたのだった。
「だからってなあ…」
「いやじゃないんでしょ?」
「うん、まあね」
「じゃあいいじゃん。なっちゃえば?」
「…簡単に言うなあ」
「だって簡単なことだもん。二択でしょ?いちいち考えてるフェバートがおかしいのよ。やるならやる、やらないならやらないってさ。決めちゃいなさいよ」
「…なんか他人事みたいに言ってるけどネーナさん、俺が王になったら君は王妃だよ?」
「え!?」
ネーナは眼を丸くした。