木曽の最期

 

 「今、何騎いる」
 義仲は息をついた。
 「七騎にございます」
 傍らにいた美しい女性 ─ 巴御前は、静かに言った。連銭葦毛の「春風」に金覆輪の鞍をおき、美しくも凛々しい武者姿である。豊かな黒髪は後ろに流され、それがこの七騎の中でも異彩を放っている。
 「そうか」
 朝日将軍とうたわれた義仲にしては、声に覇気がなかった。
 「随分減ったな…兼平は大丈夫なのだろうか」
 「兄は大丈夫です」
 「何故分かる」
 「勘です」
 「お前の勘はよく当たる」
 義仲は少し笑った。
 巴とはずっと一緒に育ってきた。義仲の乳母であった中原兼遠(なかはらのかねとお)の娘だったのだ。
 2歳の時に都の戦火を逃れ、木曽谷へ行ってから義仲はずっと中原兼遠の子息たちと一緒だった。
 彼が後に打倒平家を志し、都へ攻め入ったときも彼らはついてきてくれた。
 今こうして彼が同じ源氏である範頼、義経らの鎌倉勢に追われているときにも、ついてきてくれている。
 叔父である行家の裏切りにもあい、戦上手の義経にもやられたので木曽勢はもう今、たったの七騎しかいないのだった。
 そして更に心配だったのは巴の兄であり、義仲の乳兄弟でもある今井兼平の軍だった。彼には瀬田をまかせてあった。
 彼が帰ってきたらとりあえず木曽へ落ち延び、それから…東北にでも行って再起を測るつもりだった。鎌倉の頼朝などに負けるつもりはない。
 それより前に、彼は無事なのだろうか。
 「ほら、殿」
 涼やかな巴の声にはっと我に返った義仲が前をみると、遠くに見慣れた兼平の姿があった。
 「殿!」
 兼平が馬で駆け寄ってくる。義仲も木曽の鬼葦毛というきわめて太くたくましい愛馬の腹を蹴り、兼平に向かった。
 「殿、御無事で!」
 「お前こそ…」
 しばらく二人は無言で手をとりあった。やがて義仲が、
 「この義仲、何度も討死にしようと思ったが、お前が心配でここまできてしまった。多くの敵に後ろをみせてしまったが、お前の方が心配だったんだ」
 兼平は少し言葉につまった。感極まった様子だった。
 「殿。この私も、瀬田で何度も討死にするかと思いました。ひとえに殿の行く末が心配で、ここまで逃げてきた次第です」
 「幼少の頃誓ったな。死なばもろとも、と」
 「はい」
 義仲と兼平は強く手を握りあった。もうそこに迷いはなかった。

 

 義仲と兼平が旗をかざすと、そのあたりに残っていた兵が集まってきた。この兵を使って最後の戦をしようとする。
 「兼平。あそこに群がっている大軍は誰のだろう」
 「甲斐の一条次郎が軍勢かと」
 「数は」
 「六千ばかりの大軍です」
 「いい相手だ」
 義仲はふっと笑うと、不意にあぶみを踏ん張って立ち上がり、大音声をあげた。
 「昔はききけんものを木曽の冠者、今は目にもみるらん、左馬頭兼伊予守、朝日の将軍源義仲ぞや。甲斐の一条次郎とこそきけ。たがいによい敵ぞ。義仲討って義経、頼朝に見せてみよ!!」
 その声に味方は奮い立ち、 敵方はおののく。一条次郎はさすが名のある武将だけあり、負けじと大音声で号令をかけた。
 「只今名乗るは大将軍木曽義仲ぞ!あますな者共、討てや若党!!」
 乱戦の始まりであった。