〜前回のあらすじ〜
父王と母妃に呼ばれ、注意を受けたエルメンリーア。
ライラの前例があるから、気をつけなければいけないと言われた。ジーンと一緒に帰ったことがそんなに大きな問題になるとは思わなかった。…修学旅行は、どうしたらいいのだろうか。
7.
その後、やはりエルメンリーアはエリザベラの部屋に向かっていた。
最近どうも、エリザベラの部屋に行く頻度が高い。前はリュウキースのところと半々くらいだったのだが。
もっとも、リュウキースはリュウキースで2年前に隣国のエルスから花嫁を迎えて、花嫁ともどもエルメンリーアの住んでいる館からやや離れたところに引っ越してしまい、行きづらくなったというのもあるのだが。
エリザベラの部屋に向かいながら、エルメンリーアはライラのことを考えていた。
3つ年上の異母姉。
あまり話したりしたことはなかったが、彼女の持つどこか人を寄せ付けない雰囲気が、エルメンリーアにとってはとても魅力的だった。
あの姉なら同時に2人の男を愛し、愛されるのもよく分かる。しかも、今の自分と同じ年の頃の話だ。
はあ、とため息をつかずにはいられない。
あの時のライラお姉様に比べて、私は何て子供っぽいのかしら。
エリザベラお姉様が私くらいの時も、やっぱりもっと大人っぽかった。
そうだ。マリアお姉様は、今の私と同じ年で外国にお嫁に行っている。今はクスコの国でお幸せに暮らしていらっしゃるとか…。
姉達と自分を比べると、やはりエルメンリーアはため息をつかずにはいられなかった。
「お姉様…」
エリザベラの部屋に入り、いつものように姉の隣に座る。
「エルメンリーア、聞いたわよ。お供を振りきって帰ってきたのですって?ちょっとした騒ぎになっていたわよ」
「ごめんなさい、お姉様」
「私は構わないわ」
言いながら姉は、果汁を勧めてくれた。
「修学旅行のことで、何かあったのね?」
エリザベラは勘がいい。エルメンリーアはこくりとうなずき、そのままジーンを追いかけたこと、裏路地で危険な目にあいかけたこと、帰ってきたら父王と母妃に呼ばれたこと、をつらつらと話した。
「案外、大変な目にあっていたのね」
エリザベラは美しい眉をひそめた。
「お父様やお母様が心配なさるのも分かるけど。そう言えば、あの頃のライラと同じ年なんですものね」
「あの頃のライラお姉様と比べたら、私、まだまだ子供っぽくて…」
「それでいいの。いえ、それがいいのよ、お父様たちは」
「どういうことですの?」
「あなたに、ライラのようになって欲しくないということよ」
「でも、ライラお姉様じゃなくたって、マリアお姉様だってエリザベラお姉様だって。私より、ずっと大人っぽくて…」
「そんなこと、あまり意味がないのよ」
「お姉様?」
エリザベラは、ただ少し微笑んだだけだった。
「それよりお姉様。修学旅行…」
「それがどうかしたの?」
「ジーンは卒業してからも旅に出られるのに、私はどうしていけませんの?」
「あなたが、王女だからよ」
「…」
エルメンリーアは、下を向いてきっと唇を噛んだ。
泣くかな、とエリザベラが思っていると、意外にも妹は気丈に顔を上げ、まっすぐにエリザベラを見た。
「でしたらお姉様、私、修学旅行はジーンの行きたいようなところへ行きたいですわ。そして、エレーセおばあ様のような、大きなことをしたいですわ」
「…そうなの?」
「はい」
「お父様やお母様がどんなに心配なさるか、反対なさるか、分かっている?ジーンのことも含めて、よ」
「…はい」
「それでも、行くの?あなたには、お父様やお母様はそんなに取るに足らないものなの?」
エルメンリーアは少し考えた。それからゆっくりと言葉を選びながら、少しずつ話した。
「あのね、お姉様。私…お父様もお母様も、大好きですし、大切ですわ。でもね、上手く言えませんけど…私、私が王女だから、ハイを卒業したあとはジーンの役に立てないとしたら…ね。そしたら今回、どうしても、行きたいんですの。行かなければいけませんの」
「ジーンが、あなたのことは必要ないと言ったら?」
「…そしたら…それは、悲しいですけれど…でもやっぱり、一緒に行きたいですわ。もしかしたら、役に立てるかもしれませんもの。私、それでいいんですわ」
ふう、とエリザベラは溜息をついた。
誰よりも愛されたこの妹は、おそらくマリアも、ライラも望んでやまなかった父母両方からの愛を、何と惜しげもなくそこいらに置いておけるのだろう。
そして、何と素直に他人を愛そうと思えるのだろう。
「お姉様?」
心配になったエルメンリーアが、顔をのぞきこんできた。
エリザベラはもう一度軽く溜息をつき、妹姫の頭を撫でた。
「行きなさい、エルメンリーア」
「…!」
「行きなさい。 一瞬を逃したら後悔することが、世の中にはあると思うわ。 あなたが、自分の持っているものを全て捨ててもいいくらいの覚悟があるのなら、行きなさい」
自分の持っているものを全て捨てる…。
15歳のエルメンリーアには、想像もつかなかった。ただ、とてつもないことだとしか思えなかった。
「でなければ、つらい恋をしなさい。
あのとき、ジーンについていっていたら、と思い返しなさい。
多分、それはあなたの胸の中で一生うずくわ。それをひとつの思い出の財産とするなら、それもいいでしょう」
「お姉様…」
お姉様は、つらい恋を、なさったのですか?
エルメンリーアはその言葉をのみこんだ。
だって、エリザベラは笑っている。
その美しい笑顔に、後悔のかげはないとエルメンリーアは思った。
「どちらをとっても、あなたには貴重な経験になるわ。
エルメンリーア。百、聞いたことより一つ見たことの方が真実の場合もあるのよ」
「はい…」
エルメンリーアは、何故だか泣いていた。
「でも、お姉様は本当はどちらの方がいいと…」
エリザベラは妹の口に人さし指をそっとあてた。
「私があなたに言えるのは、ここまでよ。 あなたが言ったでしょう。この年頃のマリアやライラに比べて自分は子供だと。
それはそうよ。2人とも、その年で自分の運命を決めたのよ。
…エルメンリーアには出来ないの?」
エルメンリーアはぶんぶんと首を振った。
「お姉様、私ね、自分で決めますわ。
多分、ううん、きっと私、ジーンと一緒に修学旅行に行くんですわ。それでね、彼を助けますの。
そして、エレーセおばあさまのような、何か大きなことをするんですわ!もう決めました」
そう言ってエルメンリーアはエリザベラに抱きついた。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらないことを、初めてエルメンリーアは知った。
エリザベラは、エルメンリーアに見られないように、少し淋しそうな表情で妹の背中をあやしていた。
そして、愛された王女は、自らの意志で決意して修学旅行に向かう。
それにより、アイルーイの歴史書には、
「アイルーイ暦265年 シトラ6世の四女 ル・エルメンリーア・アイルーイ、修学旅行中に至上の魔女、グンデン・ダ・リーダと出会う」
という一文で始める長いくだりが書かれることになるのだが、ここではまた別の物語である。
─ 第四の王女 ル・エルメンリーア・アイルーイ 〜Little Sunlight 〜 End
─
あとがき
はいっ、やっと完結です。「四人の王女の物語」。
長いこと(結局一年がかりだ…)おつき合いいただき、誠にありがとうございました!!
今回のエルメンリーアは多分皆様もでしょうが、私も書いてるうちに「あれっ、終わっちゃったの?」という感じでしたねえ。まあ、先に続く話ですし(続きは「いつ」書くの、とか聞かないで下さい…)…。
皮肉なことに、最も愛されたものが、最も簡単に愛することが出来るんじゃないかなあ、と思ったのがこの話を書く上での柱でした。
だから、多分この話のまるっきり対極にあるのがライラの話なのかな。
まあ、そのテーマを書ききったということについては満足しております。はい。
この話のBGMは、何と言っても坂本真綾さんの「マメシバ」でしたね。
聞いた瞬間、「これはエルメンリーア!!」と思って。
最初はSecret Gardenの「Dawn of A New Century」だったのですが。それはそれでよかったんですけどね。やはり「マメシバ」の勝ち。よかったら聴いてみて下さい。
さて、ひとまず大きなシリーズがおわりました。これからちょっと…このHPのメインテーマ(があったんですよ、一応)のグンデン・ダ・リーダについての話を書きたいなと思っております。彼女の過去の話。
それと同時並行でゆうま嬢へのプレゼント、そしてATSKY様のところで書かせていただくお話(未だに信じられません。編集長様は本気なのだろうか)…と、まあまだ書くものは色々あります。
また読んで下さったら幸いです。
2001.7.4 神崎 瑠珠 拝
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