第一の王女  ル・エリザベラ・アイルーイ

~ Miss Moonlight ~

 

 

 第一の王女は、その名をル・エリザベラ・アイルーイという。
 彼女はシトラ6世と正妃メグネットの間に生まれた。先んじていた兄弟はやはりメグネットが生んだ王太子リュウキースのみであり、当然シトラ6世の喜びは大きかった。
 また、エリザベラはその喜びをなお高めるだけの美しさと知性を兼ね備えていた。彼女の美は様々な詩人によって讚えられたが、最も端的に表したのは、ある無名の詩人の言葉だった。
  ─「Miss Moonlight」─

 

1.

 エリザベラは、自室で物憂げに外を見ていた。
 この王女は、人と接するのをあまり好まなかった。侍女の一人も側に寄せずに、このように外を見たりしているほうが性に合うのである。
 一人で使うには広すぎる部屋だが、エリザベラはそれに埋もれたりはしなかった。彼女の美しさがもたらす圧倒的な存在感は、彼女をその部屋の主にさせるに相応しいものであったのだ。
  ゆるく波を打つ淡い金色の髪。透けるような白い肌。鳶色の、時を止めてしまいそうな、どこか一点を見つめる大きな瞳。形のよい鼻。薄く開かれた唇は紅をささずとも紅く、誘惑しているような風情すら漂っている。
  その美しさで16歳なのである。これから先どれだけ美しくなるか、空恐ろしいくらいであった。
  縁談も数限りなくあるが、父王も母妃もどれもエリザベラには釣りあわぬと断ってばかりで、民の間では結婚相手は誰になるのかということが他愛ない噂話になっている。
  当のエリザベラには、どうでもいいことなのだが。

 

  外は日が暮れるところだった。ここから見える夕陽は美しい。エリザベラはゆっくりとそれを鑑賞するのを楽しんでいた。
  遠くに鳥の声が聞こえ…そして不意に近くでドアをノックする音がした。
  少し眉をひそめてから、「どうぞ」と言う。
「エリザベラ、ちょっといいかい?」
  入ってきたのは彼女の兄リュウキースと、異母兄弟姉妹合わせても一番下の妹、エルメンリーアだった。
 3人はメグネットを母に持つ。つまり、同腹の兄弟なのである。
  リュウキースはエリザベラと同じ色の髪と目を持つが、髪はまっすぐであり、短めにされている。凛々しい美青年の王子であり、彼のお妃問題もまた人々の関心が高かった。
  エルメンリーアの方は、目の色は兄や姉と同じだったが、髪は栗色であり、ゆるやかに波打っている。エリザベラとはまた違った、かわいさがあふれる少女だった。まだ八歳である。
「どうなさったの。お兄さま、エルメンリーア」
  エリザベラは少し微笑んで2人を迎えた。彼らメグネット腹の兄弟は、庶民のそれと変わらず仲が良い。取り次ぎの侍女などは必要ないのである。
「エリザベラお姉さま」
  エルメンリーアはとてとてと走ってゆき、エリザベラの隣にちょこんと座った。エリザベラは妹姫の頭をやさしく撫で、侍女を呼んで部屋に明かりをともさせた。

 

  もうすぐ夕食の時間である。
「その時には会えるのに、どうなさったの?」
「いや、エルメンリーアが行きたがったんだ。エリザベラに用があるみたいだよ。みんなの前で言うのは恥ずかしいみたいだ」
「なあに?」
  エリザベラが聞くと、エルメンリーアは少し恥ずかしそうにした。
「どうしたの?」
「…リュウキースお兄さまが言って」
  照れてもいるようで、足をわざとぶらんぶらんさせている。向かいの椅子に座っていたリュウキースは笑って、
「エルメンリーア、自分で言わないと、エリザベラはきいてくれないかもしれないよ?」
「…」
「私に、何か頼みごとがあるの?」
「やっぱり、いい」
「いいのか?エルメンリーア。あんなにだだこねてたくせに」
「何ですの?」
  エルメンリーアの照れている様子からして、なかなか訊き出せないだろうと判断したエリザベラは、リュウキースにふった。
「エリザベラの絵が描きたいんだって」
「リュウキースお兄さま!いいって言ったのに」
 エルメンリーアが顔を真っ赤にして抗議する。
「私の?」
「そう。ギルモンド先生に宿題を出されて、絵を描くことになったそうだ。それで、大好きな美人のお姉さまが描きたいと思ったそうだよ」
「別にかまわないわ」
「いいの、お姉さま!?」
  もういいと言っていたくせに、エルメンリーアはすぐに目を輝かせた。
「かまわないわ。じっとしていればよいのでしょう?」
 うんうん、とエルメンリーアはうなずき、エリザベラに抱きついて頬にキスをした。
「エリザベラお姉さま、ありがとう!わたし、いっしょうけんめい描きます!大好き!」
「よかったな、エルメンリーア」
  リュウキースの言葉に、エルメンリーアはエリザベラに抱きついたまま満面の笑みで答えた。