何か起こるかもしれない

 

 アイルーイの首都、ルイドグエロックは穏やかな春を迎えていた。あちこちに花が咲き乱れ、光があふれるいい季節だ。
 この時期はアイルーイ国立高等賢者学院─ 通称ハイ─ の新学期である。
 エルメンリーアは、ハイの3年生になった。
 春が一番好きなエルメンリーアにとって、こういう時期に新しい学年になる、というのは実にどきどきする。何かいいことがありそうで仕方ない。
 おまけに新しい学年になる時には、クラス替えというものがある。
 同じ学年と言えど、今まで他所のクラスということであまり交流のなかった人とも友達になれるかもしれないと思うだけで、エルメンリーアは楽しみで幸せで、いっぱいになる。
 しかも、今度はハイの最上級生になるわけで、クラス替えという行事もこれが最後だ。
 ここでどきどきしなくてはエルメンリーアではない。
 彼女は機嫌よく新学期の校門をくぐった。

 

 そして新しいクラスに入る。既に何人か教室にいて、てんでに話をしていた。
 …が、どういう風に着席すればいいのか分からない。どういう席順で座ればいいのか戸惑っていると、担任の先生が入ってきて、
 「初日だからとりあえず名簿順に座りなさい。えーっと、窓側から男女1列ずつだな。ほらほら、はやく座る!席替えは明日以降するから」
 生徒達はそれを受けて、教室の前に貼られた新しい名簿を見つつ自分の席を確認する。
 エルメンリーアは運良く一番窓側の席だった。
 この席からは中庭の花がよく見える。
 御機嫌になったエルメンリーアは、にこにこと庭をみていた。
 「ね、そこの席3番でいいんだよね?ここが4番だよね?」
 「えっ?あ、ええ。そうですわ」
 「ありがと。…同じクラスになるの、初めてだよね?あたし、ルルレン。ルルレン・アイーダだよ。よろしく」
 ルルレンと名乗った女の子は、そのままエルメンリーアの後ろの席に座った。
 茶色のショートヘアに緑色の大きめの瞳。大分小柄だが、14歳にしては抜群のナイスバディである。快活そうな女の子だった。
 「私、エルメンリーア。ル・エルメンリーア・アイルーイです。よろしく」
 「ああ、あなたがエルメンリーアなのね。そかそか、存在は知ってたけど個体識別はしてなかった。そぉかー、なるほど」
 「仲良くして下さいませね」
 「こちらこそ」
 ルルレンはにっこり笑ってくれた。早速新しいクラスで、友達が出来た。エルメンリーアは幸せでいっぱいになる。実に幸先がよさそうだ。
 「おい、そこ女子の何番?」
 横からまた新しい声が入った。
 「こっちが3番であたしが4番。…ってえーーーー!ちょっと、ジーン!?ジーン・トリア?」
 「おうよ」
 「信じらんなーい、何であんたとまた同じクラスなわけ!?ちっきしょー、これで3年連続じゃんっ。冗談じゃないよーっ!!」
 「…俺だって好きでお前と同じクラスになったんじゃねーよ、苦情だったら先生に言ってくれ」
 「…わかった、言ってくる」
 言うなりルルレンは席を立って先生のところに行ってしまった。
 「…って本当に行くか!?ルルレンっ!
  …全く…」
 ジーンは追いかけようとしたが諦めて、エルメンリーアの隣の席にどかっと座り、彼女の方を向いた。
 「あ、俺、ジーン。ジーン・トリア。よろしく」
 眩しい金髪。殆ど黒に近いダークブルーの瞳。
 ジーン・トリア。
 どきん、とエルメンリーアの心臓が大きく音をたてた。
 彼だ。

 

 エルメンリーアは、1年生の頃から彼のことを知っていた。
 知っていた、と言っても大したことはない。綺麗な金髪の男の子がいるな、というその程度の認識だった。
 美しい金髪をもつ同腹の兄、姉がいるおかげで、エルメンリーアは金髪に弱かった。どうしても目がいってしまうのである。有り体に言うと、羨ましいのであった。自分の栗色の髪の毛はどうにも気に入らなかった。
 ジーンの金髪は兄のものより色がずっと濃い。兄が淡い光の色だとしたら、ジーンの金髪は蜂蜜の色であった。
 彼に目が行くうち、兄との差異を随分発見した。
 豪快に笑う。よく食べる。なんだか知らないけど、よく廊下を走っている。剣術の時間が一番生き生きしている。よく遅刻する。
 ジーンを見ているのは、楽しかった。
 しかし、1年、2年とクラスが違ったので直接話す機会はなかった。
 2年の時は、エルメンリーアと同じクラスだったリンドゥー・レインスという男の子と仲がいいらしく、しょっちゅうエルメンリーアのクラスに遊びに来ていたから、見る機会は多かったけれど。
 お話してみたいな、と思うことはあったし、大体、誰にでも簡単に話しかけて仲良くなることが多いエルメンリーアだったが、何故かジーンには上手く話しかけられなかった。